Vol.8 (2006.2.23)
【如月・雨水】  視 点 ・ 感 点
(1)

前回の「眼のつけどころ」は、あくまでも私個人が陸上競技を指導する際、着目している視点について書いたものです。結論としては、「スポーツ活動が効果的に行なわれている時に共通に見られる現象があるが、そのような現象の発見と観察」が目のつけどころである、ということです。

今回は、前回の続編とも言える内容ですが、「視点(観点)・感点」と題し、“指導者が見て感じる視点と競技者が行動して感じる感点”における互いの微妙なズレの実態とその解決策を中心に、“体験”をキーワードとして話を進めていきたいと思います。

前々よりJUVYの菅原さんからすすめられ興味を持っていた、クロスカントリースキーを体験するために、過日裏磐梯に行ってきました。
全くの初体験であることから、インストラクターに指導していただきました。2人のインストラクターにお世話になりましたが、私がスポーツ関係の指導者であるということは話さないでおきました。その方が自然なアドバイスをいただけると思ったからです。
常日頃教えることが当たり前になっていた私にとって、教わる側にまわったことは非常に新鮮であり、“子どもたちの気持ちに多少はなれたかな”と思えたことは大きな収穫でした。普段指導しかしていなかった者が、指導を受けるという「逆サイド」に立ったことにより味わえた感性を含め、本当に教わって良かったと実感しました。

(2)

同じクロカンスキーのインストラクターであるにもかかわらず、2人の指導のポイントは全く違いました。そこにはクロカンスキーに対する価値観の違いがあったようです。
1人の指導者は現役の競技クロカンスキーヤー、もう1人はネイチャーウォッチングスキー(スキーを履いて、冬の大自然を満喫するようなことをする、とうかがいました。)を楽しむことが生き甲斐のような方でした。もちろん、どちらの方からもそれぞれ素晴らしい指導をいただきましたが、受講者に指摘するポイントはずいぶん違っていました。具体的に申しますと、前者は上手にかつ速く歩く(滑る)ためのコツが中心の指導であり(コツの説明をしている時が休憩時間)、後者は新雪への対応を教えながら実際にコースからはずれた森の中に入り込み、動物の足跡についての解説をしたりしながら休憩を取るといったやりかたでした。

私たち指導者は、目指す目標が競技者と一致しているかどうかの確認をしておかなければなりません。オリンピックを目指すスプリンターがジョガーを対象とした指導内容を受けていたのでは効果は高まらないのは目に見えています。日本では、競技者は指導者の指示を聞くのが当たり前と洗脳されていることが多々見受けられますが、そこに大きな落とし穴があることに気づかねばなりません。
競技者が目指すものを指導者が理解し、その方向に沿ったアドバイスをすることは勿論ですが、指導者自身がより専門的な知識や実践力を有すると思われる指導者と交流を深め、そのような方の協力を得ながら競技者にとって役に立つアドバイスをすること、すなわち競技者優先主義は指導する上で基本中の基本です。

昨年の日本ジュニア選手権200mで優勝した斎藤仁志選手の高校時代の指導者は、元棒高跳選手の人見真幸先生でした。先生は斎藤選手のスプリンターとしての素晴らしい素質を見抜き、専門家として私を認め、斎藤選手に合うと判断なされ、指導の全てを委ねてくれました。また、作新学院の監督であり、県高体連陸上競技専門委員長でもある田崎康博先生は400mの県高校ランキング1位の岡泉俊平選手を、女子Jr.の指導では日本でも有名な真岡女子高の渡辺方夫先生は短距離・跳躍の選手を、群馬大学の山西哲郎先生は吉永一行君をはじめとした短距離・跳躍の選手を、それぞれJUVYへの入会を勧めた上で一緒に練習することに異論を唱えませんでした。このような形をとるということは、口で言うのは簡単ですが、実際に行動に移すとなるとなかなかできないものです。それぞれの先生は、競技者優先主義であることがよくわかります。
指導者は競技者のためにあることを忘れてはなりません。
指導者は、競技者をあずかることにより責任という重圧がかかりますが、期待に応えられるよう競技者と共に着実に歩まなければなりません。

【体験から得た一つめの結論】
◆指導者の体験や価値観により、指導法は違うことを理解しておく必要がある。

 
(3)

私はテレビなどで見たクロカンスキーと実際に体験したクロカンスキーの違いの大きさに驚きました。特に、前足に重心を乗せるということと、大きなストライドで歩くことを同時に行うこと、スキーの板は雪面を移動するため膝の上げすぎは厳禁であることなど、難しさを痛感しました。普段はスプリント能力向上のための“歩”や“走”を指導し、見本を示している私からすると、動きの感覚や身体の使い方が随分違うように感じました。スプリントでは膝を上げることにより大きなストライドを得、跳ぶが如く走るからです。クロカンでは跳ぶわけにはいかないのです。そんな私の動きを見て、おかしいと写ったのでしょう、競技クロカンインストラクターは親身のアドバイスをしてくれました。しかし、インストラクターは自分の理想のフォームに近づけたいのか、上手く歩く(滑る)ためのコツを伝えたいのか、アドバイスを受けている私には瞬時に理解できず、アドバイスされた部分だけ変えるため、全体のバランスが乱れ、そのたびに転倒してしまいました。

1992年、バルセロナオリンピックに備え、青戸慎司選手との練習は名古屋、東京、札幌と数多く行いました。私の指導法の特徴として多方向からの観察法があります。従って、グラゥンドに立って選手を観る場所は一箇所にとどまりません。余談ですが、私は練習をしている間の時間は立っていられるよう体調を管理しています。もし、練習を立って見られなくなったときには指導者を引退するつもりです。
青戸選手との話に戻ります。練習中、彼はグラゥンドのどこかに立っている私の位置を確認すると、“走ります”という意思表示をした後、走り始めます。彼は、1本走り終わるたびに私のところにきて「今の走りはどうだったか」と感想を求めてきました。彼は、自分が実現したい理想の動きと私の考える理想の動きが近いことを前提に、自分の感覚と私の考える動きとの差を整理し、よりよいスプリントに近づけるために、数多くの話し合いを持つ方法をとったのです。私は、私の考える理想の走りと今走った動きとのギャップを整理し、彼が理解し納得する回答を出すことにエネルギーを注ぎました。まさに真剣勝負です。相手はオリンピックのリレー競技で日本にとって60年ぶりの入賞を狙っている選手の一人なのです。とにかく必死で観ざるを得なかった、というのが偽らざる心境でした。それだけではなく、私も中年の足腰に鞭打ちながらスプリント練習をして感覚を思い出し、ドリルを実践してコツを伝授しました。その結果、オリンピック4×100mリレー6位入賞にホンの少し役立つことができたのです。
そのような指導法を体験したことによって、それまで佐野高校で新里、栗原、島田、大野選手らのJAPAN組を指導している頃とは全く違う、新たな独自の指導方法が確立されていったのです。
今、新里選手らと出会えていたら…彼らをもっと伸ばせたと残念でなりません。
しかし、現役選手の未来は洋々です。現在JUVYに所属する選手の才能をより多く引き出してやるのが私の努めであると思います。

【体験から得た二つめの結論】
 ◆指導者は見た目のフォームが、本当にそのスポーツ活動を効果的に行えるためのものかどうか判断しながらコツを伝授する必要がある。

(4)

体験の翌日、一緒に講習を受けた仲間に、「どこか体が痛くなったか」尋ねたところ、「脛が痛い」とのこと。私は、“足底筋・アキレス腱・内転筋を中心とした大腿の付け根一周・腹直筋・背筋下部”など多くの部位に筋肉(腱)痛がおきていました。
前回のテーマ、眼のつけどころの“走”で述べた、指導者として観るポイントに関係する部位であり、現在JUVYが実施しているスプリント練習で、参加者が筋肉痛をおこす部位です。このことは、クロカンスキーをしながらもスプリントに近い動きをしていたため、主にスプリントで使う筋肉に筋肉痛が生じたものと想像できます。
別の見方をすれば、体に染みついた動きはなかなか変えられないということの証明でもあります。
もしかすると、クロカンスキーとスプリントは同じ筋(腱)を使うのかもしれません。もしそうならばスプリントトレーニングに応用できるかもしれません。来年も体験し、検証しなければならなくなりました。

スポーツにおける動作では、動きやすい動きが必ずしも効率よい動きとは限りません。競技者の感覚としては気分良く動いているのでしょうが、はたから見るとあまり効率がよい動きをしているとは思えないことは度々あります。例えば、自分では腰が乗った良い走りと思っていても、他人からは反っくり返って走っているように見えることがあります。このようなことは幼少時からのスポーツ体験に負うところが大きいことは容易に想像できます。いわゆる悪い動きが獲得され、定着してしまったわけです。スポーツ活動は普段の生活では考えられないような、伸ばす、曲げる、捻るなどの動作が多く、結構無理な動きがないわけではありません。従って、身体の成長の度合いや柔軟性、筋力などの個人差により、時によっては動きの制限が生じることもあり、動きやすい方向へ向かってしまうのは仕方がないことなのです。また、子どもの身体は大人の縮小コピーではありませんから、大人の動きをそのまま子どもにさせることにより無理な動きとなり、スポーツ障害を起こすか、楽な動きに逃げていくことがあります。効率よい動きと動きやすい動きが重なって定着できないということには、指導法のまずさだけでなく、そのような理由もあるのです。
いずれにせよ、スポーツ活動を続けている間は、効率よい動きを身に付ける工夫と努力をしなければなりません。
最近では、ビデオ機器などの発達により、運動直後に自分の体がどう動いているかを確認することが簡単にできるようになりました。しかし、運動の感覚は目に見えるものではありません。この目に見えないものを、指導者と競技者が歩み寄り、探し出し、競技力向上のためのヒントにし、実践するという終わりなき環(エンドレスサークル)を作り出すことが重要なことなのです。指導者は、今の動きが誤った動きであると競技者と考えが一致したならば、勇気をもって動きを変えて行かなければなりません。

【体験から得た三つめの結論】
◆動きを矯正することは大変な労力を必要とすることから、効率よい動作を獲得していく必要がある。


(5)

体の痛みを覚えてから活動中の記憶をたどってみました。はたして痛みが出た部位をクロカンスキー中に動きのポイントとして意識していたかどうか?ということですが、答えは「否・No!」でした。
スポーツ活動では、時として意識が身体と会話をしながら動作します。もちろん、上級者になると阿吽の呼吸で動くようですが、上級者になれば、いつでも、だれでも、阿吽の呼吸で身体との会話を省略しながら動けるわけではありません。
また、必ずしも身体の複数の部分と同時に会話をしているわけではないようです。そのことを、人と人との会話に例えてみますと、多くのスポーツマンが活動中にする身体との会話は1対1の対話程度で、聖徳太子のごとく多くの人と同時に会話をしているわけではないということです。
確かに、講習が終わってからの自主トレでは、自分を追い込むことに夢中になり、その中で効率の良いクロカンスキー技術を求めることの意識は少なかったようです。また、どこの筋肉を使ったら効果的かも考えてクロカンスキーをしていなかったようです。つまり、残念ながら私は聖徳太子にはなれなかったのです。

長い距離を走っている時や、激しい運動を繰り返している時には「苦しい」とか「痛い」とかの具体的な身体症状が現れます。そして、そのような辛さに打ち勝つよう自ら命じ、運動をし続けた経験を多くの方々がお持ちのことと思います。一般的には、このようなことを“身体との対話”と呼んでいるようです。しかし、今回のテーマとして取り上げようとしている会話は、身体のどこの部分をどのように意識しながら動かし、その時意識している身体の部位がどのように動いているかを感じ取ることとしての身体との対話です。もちろん「苦しさとの対話」と「どこの部分をどのように動かすかという対話」といった、意味合いの異なる対話が同時に出現することも多々あります。例えば、400m競走におけるラスト100mなどがそれにあてはまります。しかし、そのような場合、多くの人は「苦しみ」や「痛み」に打ち克つということが脳内を支配し、効率良い動きをするというところまでは意識がまわらないようです。特に、「苦しみ」や「痛み」を克服することはスポーツ活動の目標の一つとされていますから、苦しくなってから効率よい動作をすることへの価値は置き去りにされてしまってもあまり気にならない、むしろ苦しみもがく姿は美しく映るようです。
しかし、競技力を高めるためには、運動中において身体が新鮮な時も限界に近づいている時も、すなわち、いつでも、どこでも、効率よい身体動作を自覚して動かさなければならないのです。
世界で初めて1マイル競走で4分を切った、イギリスの医師R.バニスターは「私は脳で走る」と言ったそうです。どのような意図でこのようなことを言ったのか、またこの言葉をどのように受け止めるか、今回のテーマの解決の糸口としても非常に興味がある言葉です。また、日本のスポーツ界では、ゲームの後半にスタミナ切れした競技者に対して猛練習を与えることで解決を図る場合が多いようです。しかし私は、筋肉を中心とする身体のスタミナが切れたのではなく、脳をはじめとした神経系のスタミナ切れ、すなわち疲労による思考力や判断力の低下により自分の身体を支配することができなくなった状態に陥っていることも検討していかなければならないのではないか、と考えています。
これらは、運動時の意識と関連があるので、書かせていただきました。

【体験から得た四つめの結論】
◆ 運動中に身体への意識は同時に多くのところには向けられないことを知っておく必要がある。


(6)

今回は私のクロカンスキー体験を通して感じたことをもとに、指導者の視点と競技者の感点について述べてきました。その中ではっきりしたことは“視点と感点は必ずしも同じではない”と言うより、“視点と感点はあきらかに違う”ということです。
このギャップを埋めるのは「言葉」であることは申し上げるまでもありません。指導者にとってのアドバイスは「タイミング」「内容」「勇気」が三要因です。現場での指導ではそれらを瞬時に実践しなければなりません。そのためには、多くの知識を獲得し指導者の質を高めることは当然のこと、見えない部分が見えるような宇宙エネルギーをいただき、いただいた力を自分なりに消化した内容でアドバイスすることが「視点・感点」のズレを最小限に食い止めるものと信じています。
そのためにも、常日頃から「学智」「験智」を磨きながら、眼には見えないものを引き出せる力(私は「霊智」と呼んでいますが)が発揮できるような生き方をしていかなければならないと考えています。

次回は【弥生・啓蟄】、テーマは、「思い出に残る一言」です。

Vol.1 JUVY 創 設
Vol.2 理想の指導者とは
Vol.3 素晴らしき指導者
Vol.4 回顧・2005年
Vol.5 新春は箱根と共に
Vol.6 凛として颯爽と
Vol.7 眼のつけどころ
Vol.8 視点・感点
Vol.9 思い出に残る一言
Vol.10 新たなる旅立
Vol.11 JUVY誕生
Vol.12 春のスポーツシーズン到来
Vol.13 指導者としての実践力とは
Vol.14 ジュニアとシニア・その1
Vol.15 ジュニアとシニア・その2
Vol.16 わたしなりに言いたいことを…
Vol.17 「眼に見えない力」
Vol.18 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その1」
Vol.19 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その2」
Vol.20 「トーナメント・有限と無限の交差点」
Vol.21 「定石とひらめき」
Vol.22「合同練習会」
Vol.23「国民体育大会」
Circle-JUVY General Manager OKUZAWA Yasuo