Vol.76 2010. 霜月
四季の風 ―乗って、向かって、横からうけて―」
第11回 (2010年11月8日)
 

U  スポーツと感動
 

 (5)スポーツの果たす役割
 

                             【スポーツの意義】
 スポーツの意義には、
 (1) 運動の欲求を解消し、爽快感・達成感・連帯感等の精神的充足感や楽しさ、喜びなどが得られる。
 (2) 健康の保持増進や体力の向上の手段として高い効果を表す。
 (3) 人間形成の一手段として心身の健全な発達の一助となる。
 (4) 青少年をはじめとして国民に夢や希望を与え、活力ある健全な社会の形成に寄与する。
 (5) スポーツ産業の広がりとともに経済的効果をもたらす。
 (6) スポーツを通じた交流や友好、親善などに役立つ。
 などのことが言われているが、(1)から(3)までは個人的な意義として、(4)から(6)は社会的な意義ととらえられる。
 スポーツに長年かかわってきた私としては「スポーツはやって楽しい、見て楽しい、かかわってみるとなお楽しい」ものである。そんなところから、この3点を切り口に話を進めたい。
 


                              【スポーツをやる】
 子どものころの遊びがスポーツと言えるかどうかわからないが、山登り、木登り、川遊び、缶けり、野球、と私は日がな駆けずり回っていた。
 小学校時代の遊びといえば身体を目いっぱい使ったものであり、間違いなくスポーツの基礎編と言える。
 しかし、小学校時代の体育授業を思い出すと「面白さ半分、辛さ半分」に変わってしまう。特にいやだったのは地べたでマット運動をやらされることであった。
 中学校の体育はあまり記憶がない。辛いこと(自分にとって苦手なこと)はあまりやらなかったのではないか、と思っている。
 高校では「整列、あいさつ、体力づくり中心の実技など、体育というものは心身ともに厳しいものだ」と洗脳されたのかもしれず、少なくとも現在の選択授業などよりは充実していたと思っている。ただし、授業が楽しいから早く着替えて外へ飛び出すなどといった意識はなかった。
 
 現在多くの学校ではスポーツと教育のかかわりについて、
  (1) スポーツを発達刺激とした「健康な身体を培う教育」
  (2) スポーツを手段とした「スポーツを社会学に置き換えた教育」
  (3) スポーツを目的とした「スポーツそのものの教育」
 などに大別しているようである。
  
 しかし現実は、月刊陸上競技2010年11月号で伊藤章氏が引用した毎日新聞の記事「体育の授業がレベルを下げたクラブ活動のようなもの」で指摘されているとおり、多くの学校では(3)に比重の多い授業を展開していることは否めない。
 このことについて高校における選択制授業のバスケットボールを例にとる。
 中学校時代にバスケットボールを経験してきた者や現在バスケットボール部以外の運動部に所属しているバスケット好きの生徒にとってはバスケットボールを選択すると楽しい授業になろうが、バスケットボール部員にとっては物足りず、バスケットボールになじみのない生徒にとっては高いレベルを要求され、あまり楽しさを味わえない授業となりかねない。
 なぜそうなるか。
 そのことは伊藤も指摘しているが、学習指導要領の解説書そのものが部活動の競技レベルを下げた内容で指導するような書き方をしているからである。
 さらに現実を直視する。
 最も問題になるのは評価の在り方ではなかろうか。
 運動部員以外は最高でも4(5点満点)の評定しかやらない学校や社会的態度を優先して評価をつける学校、新体力テストの結果で評点を出す学校など、学習とは関係ない部分での評価や素質の評価をして平然としている保健体育科の教員が少なからずいるということである。
 
 このようなことを続けていては体育の授業を通して、スポーツを楽しくやる、といった広がりはあまり期待できない。
 生涯にわたって親しむスポーツの多くが部活動で体験したスポーツであることがそれを証明している。
 再びマラソンがブームになっているが、体育の授業で最も嫌われる「持久走」を生涯スポーツとして選択するジョガーの数が増えているのも皮肉な現実なのである。
 定年間近の保健体育を専門としてきた校長としてはやりきれない思いでいっぱいだ。
 多くの体育教師が自ら「スポーツの市民権」を手放しているように見える。
 
 学校の体育関係者は「スポーツは人間形成の一手段として心身の健全な発達がすべて」などと偽善者ぶらずに、人生のどの時代でも「スポーツを通し、爽快感・達成感・連帯感等の精神的充足感や純粋な楽しさ、喜びなど」のスポーツライフを体験させてやるのは大人の責任なのである。
 
 「スポーツはやってこそ楽しさがわかる」ということを多くの者にわかってもらうことは体育教師の責務でもある。
 また、総合型スポーツクラブの将来もここにかかっているようだ。
 


                               【スポーツをみる】
 2010年11月3日。
 私はその日の予定を変更し神宮球場にきた。
 東京六大学野球秋季リーグ戦の決着がつかず、慶應義塾と早稲田による優勝決定戦が行なわれるからである。
 2010年11月3日。快晴。
 その日は日本中でスポーツイベントが目白押しの日であったと思う。
 
 私のいる神宮球場の隣の秩父宮ラグビー場では関東学生ラグビー対抗戦、早稲田対帝京、慶應対明治という全勝同士の戦いが行われる。
 国立競技場ではサッカーのヤマザキナビスコカップが開催される。
 その日、外苑付近だけで軽く10万を超すスポーツ好きが集まってくると聞いた。
 最高のスポーツ・行楽日和であったその日、外苑から歩いても苦にならない距離にある代々木体育館では世界バレーボール大会、日本武道館では全日本剣道選手権がそれぞれ開催されている。スポーツ観戦の梯子をした人もいたに違いない。
 東京の隣接県の千葉ではプロ野球日本シリーズ・ロッテ対中日戦が、埼玉では東日本実業団対抗駅伝も行われる。
 
 このうち、ラグビーを除いたスポーツは地上波でTV中継されている。
 会場に足を運びリアルタイムで観戦する人に加えテレビ放映でスポーツを楽しむ人は大変な人数になったはずである。
 
 私も現地観戦(試合2時間半前から神宮球場にいた)にテレビ観戦とビデオ観戦を加えると、その日10時間以上スポーツをみていた。
 
 早慶戦観戦後はテレビで日本シリーズをみながら外食とあいなった。
 もう10年以上も前になるか、東京六大学野球・立教対法政戦で愚息がマウンドに上がったのをみてから佐野に帰り外食していると、神宮球場のヤクルト対巨人戦で上原が投げているところが映し出された。その瞬間、愚息が数時間前あのマウンドで投げていたのか、と思うと何とも言えない気分になった。今回は大学野球のトップとプロ野球のトップの試合を数時間おいてみることができ、突然昔を思い出し感慨深いものがあったが、ここではその話はあまり関係ない。
 家に帰り、VTRで女子駅伝をみたが、こちらはみなければよかったと思うようなものであった。13位までが全日本への出場権がある大会に13チームの出場、騒いでいるのはアナウンサーだけという情けない実況に辟易、それに輪をかけかかわりあるチームの不振で早送りの連続であったが、みたことにかわりはない。
 
 箱根駅伝は来年で87回を迎える。
 私の学生時代はラジオ中継しかなかった。
 
 1974年1月2日。
 当時は1区の8km地点から伴走車が選手に付くことが許されていた。
 その日とその翌日、私はジープの上から戦局をみることができる好運に恵まれた。
 幼馴染の清水武治(日体大)が汗びっしょりになって八山橋に向かう坂を上ってきたことを私は生涯忘れることはできないであろう。総合6連覇を目指す日体大の一区を任された清水への重圧と彼が決して好調ではないことを感じとることができたのは、栃木で清水を知る人の中では、鶴見中継所までの残り13kmをほぼ一緒に移動していった私にしかわからない話であろう。今なら、移動中継車が清水に狙いをつけたかもしれない。
 
 中村清率いる早稲田大学が東海道を悠々と走っていったころの箱根駅伝は、ダイジェスト版でテレビ東京が流していたにすぎない。川越学が雪の中を余裕綽々と走ってきたそのころのVTRを見なおすと沿道の観衆はびっくりするくらいまばらである。
 
 それが今の箱根である。いつからこれほどまでに沿道の観衆が増えたのか。テレビ中継はスポーツを見て楽しむことの後押しをしてきたと言っても過言ではない。
 
 ところで、JUVYでは箱根駅伝ツアーと称し、毎年車で移動しながら観戦をしているが、これは一度体験すると麻薬のごとくなってしまう。実に楽しいのだ。
 テレビ・ラジオの解説は無視どころか、時には笑いながら「何言ってるの」と某解説者を笑い物にし、自分の予想に一喜一憂し、選手の走力から予測する通過(到着)時刻やコースや裏道の車の流れから交通規制の予測をしながら、臨場感あふれる我々だけの別の箱根駅伝を楽しんでいる。
 つまり、われわれにとって箱根駅伝は究極の見て楽しむスポーツなのである。
 
 一億総解説者になり、スポーツをみて楽しむ。
 面白い試合ともなればみている者に活力を与えるだけでなく、夢や希望も湧かせてくれる。スポーツ産業に勢いをつけ、経済効果も抜群である。
 
 今、11月7日8時30分である。テレビでは全日本大学駅伝を朝から中継しているが、それを見ながら書いている。
 一区では岩手の小池先生のお弟子さん、帝京大学の大沼君も先頭集団を形成している。「大沼つけ!」と聞こえるはずはないのにテレビに向かって怒鳴る自分がいる。
 教え子の清ちゃんを呼び出し、某店に出かけることを決意した。そこのカウンターで大将と清ちゃんに蘊蓄を傾け、一杯やりながらの観戦をすることに決めた。良い一日になりそうだ。スポーツが経済発展のためにも少しは役立つと言い訳を考えながら、いざ出発である。
 


                            【スポーツにかかわる】
 2010年11月1日。東京六大学野球秋季リーグ戦において慶応義塾は早稲田に連勝し勝ち点で追いついた。早稲田のドラ1トリオ(ドラフト1位の3人)を打ち崩しての連勝であった。
 
 慶應義塾大学野球部OBより(11月1日)
 「ドラ1トリオを、卒業後野球を続けることすらしない苦労人キャプテンが打ち崩す!これぞ慶應野球の真骨頂であり、学生スポーツの醍醐味でもある。
 ところで、明後日までに早稲田を復活させる手立ては何か?ないのか?
 本物に戻った早稲田と慶應の戦いこそ50年ぶりの決定戦に相応しいものだと思う。」

 
 私より(11月1日)
 「以前『大学スポーツは義理や打算でやるものではない。大学スポーツは心意気でやるものだ。』と話したことがあるのを覚えているか。
 早稲田が義理や打算でやっているというわけではないが、勝利至上主義に近いエリート勧誘戦略でやってきたことは間違いない。
 早稲田の齋藤主将が『心意気』というものの本質がわかった上で、学生だけのミーティングをやれば早稲田は回復するだろう。
 そんな早稲田を俯瞰しピンポイントで攻めたら慶應が強い。
 早稲田にはやることが見えている。慶應はやることに手詰まりの状態にならなければよいが。いずれにせよ慶應の主将の感性に期待する。」

 
 慶應義塾大学OB(11月2日)より
 「夏に北九州で全早慶戦があった。慶應は20対3という大敗を喫した。
 監督はどうするかと観ていると『選手諸君はどうなりたいのか?』と、再考するよう課題を投げかけた。
 どうしたらよいのかわからない下級生の頼りない顔の中で、ギラついた眼をした湯本、渕上とふてぶてしい長崎の態度に面白みを感じた。
 彼ら4年生の『心意気』がチーム全体に広がり決定戦にきたのかもしれない。」

 
 私より(11月2日)
 「試合というものは勝った者(チーム)が優れ、負けた者(チーム)が劣っていることを証明するような場ではない。
 その日までに培ってきた『魂の大きさの比べあい』の場である。
 11月3日はどちらの魂が大きいかじっくり見極めに神宮に足を運ぶ。」

 
 結果は5対10で早稲田大学の勝利、優勝は早稲田大学となった。
 

 スポーツを本気でやった深さと時間がその後の人生に影響を与えることは当然だ。
 スポーツの素晴らしさを知っている者すべてが共有できる何かがあるとすれば、それはスポーツの効能の何物でもない。
 そのことはスポーツをしている者だけにあらず、彼らを取り囲み支援するOBや家族や友人までを巻き込むものである。それがスポーツとのかかわりということなのだ。
 
 球場に行くと決してテレビでは放映されることのない、しかし強いかかわりを持つ集団がいることに気付く。彼らにとってかかわりある選手たちの勝利が自分たちにとって直接的な利害とはならない。ただ応援するために命がけで活動をしている。そんなかかわりも知っておく必要があると思い、あえてここに書く。
 「団員も同じ心意気で戦っている」ということを、私の間接的な教え子である明治大学応援団OBの戸塚健が教えてくれたからである。
 戸塚は、会社でのプレゼンでは応援団時代の集中力で乗り越え、対人関係においては明るく元気に丁寧な物腰で対応し、家庭では家族のために真剣に生き、神宮球場で若さを取り戻し、休みを利用しフルマラソンを走る。
 彼は過去・現在・未来と、スポーツとのかかわりで人生を築き、満喫してきた、(いる、いく)のである。
 
 友人とのかかわりが人生を豊かにするのと同じように、スポーツにかかわると素晴らしい感性が生まれるということを、体験者は後輩に教えなければならない。
 
  慶應義塾大学野球部現役部員より(11月4日)
 「昨日は応援ありがとうございました。追い上げたものの届かずに負けてしまい、僕たち4年生は引退となりました。この悔しさを種に社会に出てからも精進してまいります。
 思えば1年9か月前、僕がまだ幹部なりたての時に「走り方を中心とした身体の使い方」そして「チームというもの」について教えていただいたものは確実に僕の財産になりました。チームのトレーニングメニューにも活かすことができ、今年のような成績を残すことに繋がったと思っています。
 来年度は○○が主将となりました。3年連続で佐野での練習経験者が主将です。
 今後とも塾野球部の応援並びに御指導御鞭撻の程よろしくお願いします。
 時間を見つけ佐野に遊びに行きたいと思います。
 本当にお世話になりました。ありがとうございました。」

 私より
 「本当にお疲れ様でした。残念ながら負けましたが、見せ場はありました。見せ場というより、何かに向かっていこうとする慶應が慶応らしく見えました。帰りに鬼島元監督にお会いし、そのことがより鮮明に浮かびました。
 夢から戻り、現実の世界でまた頑張ってください。
 スポーツは人生を有意義に生きるための手段です。
 それを早稲田より先にわかって欲しい。負け惜しみではなく、そこのところに関して慶應は負けていないはずです。
 新主将には慶應の野球部というより、人としての生き方に包括された野球を目指して欲しい、と思うのは私のわがままでしょうか。
 これからも応援に行きますのでよろしくお伝えください。佐野にも遊びにきてください。
 4年間一生懸命やってきたことが、これから先いっぱい役にたちますよ。


 前述のOBに現役部員のメールを転送したところ、現役部員への励ましがあった。

 慶應義塾大学OB(11月2日)より
 「これから社会に出ると結果だけしか捉えられない人達がいます。彼らからすれば君の業績はくだらないものかもしれません。
 しかし、君たちのような部員がいるからこそ、慶應義塾というチームが慶應義塾としていられるのだと思います。結果ではなく、この四年間の足跡を振り返り、胸をはって卒業してください。その姿が次世代に引き継がれていくのだと思います。
 引退した今の気持ちが晴れやかであれば、それを自信に変えて新たな人生をスタートさせてください。もしも曇っているなら、それを晴らす何かを求めて我武者羅に過ごしてみてください。何か助けになれることがあればお手伝いします。
 最後になりますが、テレビ観戦で涙が出たのは久しぶりでした。四年生の気持ちが痛いほどわかり、再び自分自身の進むべき道がハッキリと浮かび上がった気がします。
 本当にありがとう。いつか酒を飲みかわせる日が来れば嬉しいです。ぜひいろいろな話を聞かせてください。」


 私への慶應義塾大学野球部関係者からのメールは実に11月7日深夜まで続いている。 
 スポーツにかかわると、このような素晴らしい出会いがあり、感動がある。
 ここに引用したのは一部の人間のことではない。スポーツにかかわることにより、学校の授業などではとうてい得られないようなことが心の中に芽を出し、成長し、人生を豊かにしてくれる。そのようなことは誰にでも体験できることなのである。双方かかわりを大切にしさえすれば。
 
最後に慶應義塾大学野球部主将から私に来たメールと、OBが彼らに送ったメールを紹介する。 
 「先日も試合を見にきてくれてありがとうございます。野球人生最後の試合が早慶戦、しかも優勝決定戦、この上なく幸せでした。
 秋のリーグ戦はなかなかうまくいかないことが続き苦しいシーズンでしたが、チーム全員が自分のできる最大限のことを果たし、最後まで優勝をかけて戦えたシーズンでした。  
 四年間素晴らしい仲間、ライバルに巡り合えて慶應野球部に入ってよかったと思っています。しかし、四年間は本当に短く、ついこの間奥澤さんのところに伺ったような気がしてなりません。次期キャプテンは○○です。あいつなら必ずチームを日本一に導いてくれると思います。
 なかなか連絡が取れず申しわけありませんでした。
 いろいろお世話になりっぱなしでした。本当にありがとうございました。」

 「四年間お疲れ様でした。
 北九州で行われた全早慶戦を観戦した時、これが春の優勝チームかいうほど、元気のない選手たちの様子を覚えています。そんな状態のチームをよくぞここまで盛りたてたなと感じています。
 四年生は皆苦労人ばかりで、私の同期たちと勝手に重ね合わせ、思い入れを持って応援していました。久しぶりにこみ上げる涙を抑えきれないような戦いを見せてくれてありがとうございました。
 結果だけを見れば早稲田の勝ちという人たちばかりでしょう。慶應は下級生の活躍のおかげでここまで来た、という人たちもいるでしょう。
 しかし、誰が何と言おうと今年のチームを作り上げたのは四年生です。これからの人生と勝ち負けは関係ありません。今まで過ごしてきた日々に自信と誇りを持って、新しい一歩を踏み出してくれたら嬉しい限りです。その背中を見て、後輩たちがまた新たな歴史を刻んでくれるはずです。
 いつかゆっくり話ができれば幸いです。」

 
 以下余談。
 
 実のところ、今回のテーマでは自分が専門とするところの陸上競技とのかかわりを書くつもりでいた。
 しかし、慶應義塾大学とのかかわりに心が傾き、急遽こちらを書くことにした。
 
 大学時代にJUVYのクラブハウスを利用しながら、黙って卒業していった某大学の陸上競技者をたくさん知っている。それでも、私は黙って支援してきた。
 某実業団駅伝チームとも多少のかかわりもあったが、試合が終わって5日たった今日現在、残念ながらまだ一度の連絡もない。
 それに比べ、慶應義塾大学野球部員からの感涙にたえないようなメールは連日送られてくる。彼らとのかかわりが私の生き方に新たなエネルギーを注入してくれていると実感している。
 世の中怖いものである。目に見えなくとも見える人がいっぱいいるということがよくわかった。皆さんも有名人病に罹患することなく、見えないところでも礼をつくせるスポーツマンとのかかわりを優先させることをお勧めします。



                              【スポーツと健康】
 多くの方々がスポーツというものを通して、「楽しさ」や「達成感」だけでなく、「関係者の一員としての喜び」などを体験し、何かしら人生に役立たせているようだ。
 
 と、ここまで書いてきて、【スポーツの意義】を見直した。スポーツの果たす役割に落ちがないかどうか確認するためである。
 すると(2)についてまだ述べていないことに気づいた。このテーマを欠かすわけにはいかない。
 
 スポーツは「健康の保持増進や体力の向上の手段として高い効果を表す」ということを忘れてはならない。
 なぜならば、「多くの人々に最も役立つスポーツの効用は何か?」と問われれば、それは『健康』にほかならないからである。
 
 しかし、事態は深刻だ。
 学校で行っている体育の授業のねらいの一つである、「スポーツを発達刺激とした『健康な身体を培う教育』」とは、意図的なものなのか。多くが、結果としての教育ではないのか、とさえ思わざるをえない。

 近年、核家族化や少子化が進むとともに父親の存在感は希薄化し、親は子どもの生活習慣に関心を示さないだけでなく、親自らが食生活を中心とした己の生活習慣を顧みない。
 子どもたちの体力や運動能力の低下は著しく、いじめや不登校などの事例は数え切れないほどとなっている。健康意識に罪悪感を持たない若者は酒やたばこではあきたらず大麻などの薬物に抵抗なく手を出している。
 社会に目を転じれば、人間関係の希薄化が進み、精神的ストレスは増大し、運動不足の大人でいっぱいだ。
 こんな状況でこれからの日本は大丈夫なのであろうか。
 
 本来、大人になってからも使われる健康観というものは子どものころに育むべきもののはずである。ゆえに「学校やクラブチームなどを中心に、スポーツを通して意図的に健康教育を実践しているのか?」ということが心配になってくる。なぜ、健康教育がスポーツと関連するのかと言えば、保健の授業の健康教育は難しすぎるから多くの生徒の興味をひかないからである。
 一人の子どもを育てるための責任は家庭だけでなく、学校にも地域社会にもある。健康的な子どもたちを育てるためにスポーツが果たす役割には莫大なものがあるはずである。 
 スポーツ活動は技能の向上や社会性の育成にも増して「健康で安全な生活を送るための基礎的な知恵」を与えるためには最も効果的な場なのである。
 子どもたちにとって「健康のために良いこと」を理解しやすいのは「スポーツ活動中」のアドバイスではないかと思っている。
 
 「スポーツが果たす役割」の最たるもの、それは「スポーツを通して培うことができる『心身の健全な発育発達』とスポーツ活動を通して『生涯にわたる心身の健康の保持増進』」ではなかろうか。

 今、我々は「健康に対する貢献度」の観点からスポーツそのものに感謝しなければならない。同時に、我々がスポーツを行うとき「スポーツに対する貢献度」の観点から健康な心身に感謝しなければならないのである。
 
 シカゴの西にあるネーパヴィル・セントラル高校では「0(ゼロ)時限体育」を実践しているが、この学校では体育をスポーツではなく健康としてとらえて教育しているという。
 「0時限体育」で脳への血流(酸素)を高めることにより、それ以降の授業での効率が高まっているという。
 根本にある考えは、体育の授業を通じて自分の健康を観察し管理する方法を教えることができれば、その知識は生涯役立つであろうし、生徒たちにより長く幸せな人生を送らせることができるからである、ということである。
 さらには、「運動をさせた子どもは成績が上がる」とまで言い切っている。

「脳を鍛えるには運動しかない!(ジョン J.レイティ・エリック ヘイガーマン著)」ぜひご一読ください。



               【スポーツの果たす役割について夢をみた】
 スポーツはあくまでもスポーツでとどまることも時には必要である。
 スポーツ体験だけでこの世のすべての価値観を決め、そのような狭義な考えで生きていけるほど世の中は甘くない。
 
 中にはスポーツを生業(なりわい)にしている人もいないわけではないが、そのような人はわずかばかりしかいない。
 そのような人は、同じような価値観が充満する箱の中で生きている。別段、箱の外のことに興味を示す必要もない。その箱の中で生きている限りは「世間知らず」と言われても別段困ることはないからだ。
 日本ではプロスポーツ(もしくはそれに類似するもの、例えば駅伝などがそれにあたるかもしれない)に所属していれば、少なくとも所属している期間だけは生活の保証はされているようだ。
 そういう人たちのことを「好きなことをやって生活できて幸せそうだ」と思ってはいけない。彼らは万人に一人いるかどうかの世界で生きている、極めて特異な世界の住人なのだ。
 
 そのような世界、つまりスポーツを生業に生きてきた方々の講演を聞くと、「自分はスポーツで人生を創り上げた。スポーツで成功すれば人生の成功者になれる。」などともっともらしく話す。だから「文武両道日本にあらず」などと言われても反論ができないのだ。
 「運よくスポーツの世界だけで生きてこられた自分は幸せです。こんな人生、真似などできませんから私のようになれると思って聞かないでください」などと言う人の講演にはなかなか出合えない。
 そのようなことをおっしゃる方がいるならば、(おそらく)とてつもない宇宙観を持たれた方だと思い私は尊敬する。
 
 多くの人は、スポーツというものを自分の生活の基盤や人生の中心に置くことはできないのだ。
 多くの人にとってスポーツというものは自分の人生を送るうえで、人生の核に対して外側から核そのものに活力を与えるものである。
 つまり、一般論から言えば『スポーツは人生において目的ではなく手段である』というわけだ。
 例えば、
 「ジョッギングが大好きだ。おまけに健康にも良い。だから健康になるためには仕事よりもジョッギング中心の生活をする。好きなことができる喜びは何事にも変えられない。」という論法は今の日本では、いやこれからもずっと歓迎されないだろう。
 「ジョッギングが大好きだ。おまけに健康にも良い。だから、仕事の妨げにならぬようにジョッギングを健康つくりの一つとして実行したい。私は人生を有意義に生き抜くために好きなジョッギングを通じて快適な生活を送っている」という論法は正常だ、と私は考えている。

 誰もがトップアスリートになれるわけではない。
 たとえトップアスリートになっても、引退後は立場を利用してスポーツ界にしがみつかずに生きていけるよう、現役時代からスポーツ以外の学問や社会性も学んでおくべきだ。
 
 人間の潜在力には驚くべきものがある。(中略)私はこの言葉を心から信じている。そして日本人にも人の心を鼓舞する秀才アスリートをほかの国に負けないくらい生み出す力があることを知っている。 (「文武両道、日本になし」M.キーナート著)
 
 今、私は「日本の一部のスポーツ関係者の考えが変われば、スポーツが世の中に果たす役割も変わり、その結果日本が変わっていくだろう」と考えている。

 佐野高校から田沼高校に転勤する離任式で話した「インターハイチャンピオンを東京大学入学を夢にやってきた」という身近な夢が、今では「真のスポーツマンを日本のリーダーにする」という夢に変わってきている。

 スポーツが果たす役割は宇宙的な広さである。
 皆さんスポーツをやろう、スポーツをみよう、スポーツにかかわろう。
 そしてスポーツを大切に。

 
                
Vol.1 JUVY 創 設
Vol.2 理想の指導者とは
Vol.3 素晴らしき指導者
Vol.4 回顧・2005年
Vol.5 新春は箱根と共に
Vol.6 凛として颯爽と
Vol.7 眼のつけどころ
Vol.8 視点・感点
Vol.9 思い出に残る一言
Vol.10 新たなる旅立
Vol.11 JUVY誕生
Vol.12 春のスポーツシーズン到来
Vol.13 指導者としての実践力とは
Vol.14 ジュニアとシニア・その1
Vol.15 ジュニアとシニア・その2
Vol.16 わたしなりに言いたいことを…
Vol.17 「眼に見えない力」
Vol.18 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その1」
Vol.19 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その2」
Vol.20 「トーナメント・有限と無限の交差点」
Vol.21 「定石とひらめき」
Vol.22「合同練習会」
Vol.23「国民体育大会」
Vol.24「心・技・体」
Vol.25「再興」
Vol.26「神在り月」
Vol.27「修行」
Vol.28「言霊」
Vol.29「夢」
Vol.30「影響力」
Vol.31「健康」
Vol.32「我家の凜氣」
Vol.33「食」
Vol.34「インカレ」
Vol.35「2007年 JUVY TC前期総括」
Vol.36「今日まで、そして明日から」
Vol.37「国体関ブロ観戦記」
Vol.38「想いを文字で伝えるということ」
Vol.39「人間の運命について」
Vol.40「思いつくまま継走の如く」
Vol.41「広き世界」
Vol.42「スピード・スピード・スピード」
Vol.43「白と青、そして遊」
Vol.44「36−10」
Vol.45「この卯月に思ったこと」
Vol.46「スプリント」
Vol.47「”運”と”付”」
Vol.48「純粋にひたむきに」
Vol.49「オリンピックへの興味・関心」
Vol.50「ラストゲーム」
Vol.51「氣づき」
Vol.52「私見・学校というところ」
Vol.53「チーム」
Vol.54「遠征講習会」
Vol.55「蔵出し その1」
Vol.56「蔵出し その2」
Vol.57「Enjoy Baseball
Vol.58「ふるさと
Vol.59「夢舞台に向かって」
Vol.60「評価」
Vol.61(臨時増刊)「桂月・秋立つころ〜北上にて」
Vol.62「「古都・奈良でのはなし」
Vol.63「「今の若いものは・・・」
Vol.64「「朱夏の61年間と白秋2009」
Vol.65「「2009日本スプリント地図」
Vol.66「四季の風ー乗って、向かって、横からうけてー第1回」
Vol.67「四季の風ー乗って、向かって、横からうけてー第2回」
Vol.68「四季の風ー乗って、向かって、横からうけてー第3回」
Vol.69「四季の風ー乗って、向かって、横からうけてー第4回
Vol.70「四季の風ー乗って、向かって、横からうけてー第5
Vol.71「四季の風ー乗って、向かって、横からうけてー第6回
Vol.72「四季の風ー乗って、向かって、横からうけてー第7回
Vol.73「四季の風ー乗って、向かって、横からうけてー第8回
Vol.74「四季の風ー乗って、向かって、横からうけてー第9回
Vol.75「四季の風ー乗って、向かって、横からうけてー第10回
Vol.75「四季の風ー乗って、向かって、横からうけてー第11回

Circle-JUVY General Manager OKUZAWA Yasuo