Vol.75 2010. 神無月
四季の風 ―乗って、向かって、横からうけて―」
第10回 (2010年10月8日)
 

U  スポーツと感動
  
 (4)個性の時代
 
                               【私のなかの個性】
 私は子どものころからスポーツに親しんできた。というよりは熱中してきた。
 野球時代はボールに集中し、陸上競技時代は夢中になって走っていると心が安らいだ。

スポーツ活動をする。筋肉が暴れだし、心臓の鼓動は激しさを増す。苦しくて逃げ出したくなる。そんな時の感覚は灼熱とか極寒の中に身を置くような感じではあったが、実は『まるで、誰も入ってこないと分かっている大風呂に一人浸っているような心地よさ』もあった。
 
 思い起こせば、これまで私は誰にも体験できないようなことを味わってきたようだ。
 理不尽な批判を浴びながら、もがき苦しみながら生きてきた時代もあった。
 多くの人間関係にぶつかり悩んだことも一度や二度ではない。
 そのようなときにおこる内面の問題、例えば針のむしろの上を歩くような痛み、人の視線が刺さるような辛さから比べれば、スポーツをしている時の苦しさなどは表面的なものであり、本当は実に幸せな時間だった。
 
 つまり私は、スポーツと一緒に人生を歩むことで苦悩の日々をかき消すことができたのであるが、同時に、スポーツをすることによって味わう苦しさのみを前面に出しながら人生を歩む者とは一線を引きたいと思うようにもなっていた。
 そのような思考回路を持ってしまったことが、周りから「個性が強い」と言われる所以なのかもしれない。
 しかし、自分の個性は大切にしたいし、いまさらこの個性を変えるわけにもいかないというのが、偽らざる心境でもある。
 
 私が教員になったのは1974年だから、今から35年以上前のことである。
 そこでいろいろな考えの生徒と出会った。
 教員になりたての頃は陸上競技部員の言動に敏感になり「自己主張がうまくできない部員の代弁者にならなければならない」と力み、部員には激しく指導する半面、他の教師から部員を守り、彼らの行いを正当化することばかり考えていた。
 しかし、そのようなやり方がいつまでも続くわけがない。
 
 人間は人生の何たるかに気付き、その結果今までとは違う考えをするようになると、物の見方や人の見方にまで変化が生じ、そこから新たな発想が生まれるようになる。
 
 つまり、「代弁者になるということはある意味指導者の傲慢さの表れであり、生徒の個性を発揮させないようにしているのではないか」ということに気づき始めた。  
 そうして、「自分の気持ちを自分の言葉で伝える」ということを教えなければ、個性を形作る基本が培われない、という考えに変わってきたのである。
 
 そのような指導者としての考え方の変化は、私の教員生活(特にスポーツ指導)に大きな影響を与えてきた。
 特に、35年にわたるスプリント指導はその最たるものであり、個性的な指導法を開発してきたと思っている。
 

                       【スプリントと個性の話・その1】
 スプリントフォームをいじるということは(現状での科学?に基づいた)大胆な予測と確信と勇気とが必要である。
 現役時代には金原勇先生にマンツーマンで指導していただき、スプリント練習を通してスプリントフォームの矯正をしたこともあった。
 しかし、今の私のやり方はスプリント練習だけをもってしてスプリントフォームを変えるような方法をとることは稀有といってよい。
 そのかわりと言っては何だが、私の方法は、各種体力要素(補強運動)と神経系(補助運動)を同時に開発しながらスプリント練習を行い、その結果スプリントフォームが変わっていくようなやり方を主流としている。
 そのようなやり方を貫くことで選手自身が長所を感じ、最終的には自ずと個性を発揮してくれるのではないかと信じているからだ。
 
 齋藤仁志が大学2〜3年生のころ、「齋藤のフォームを変えたい」と大学のコーチが盛んに言っていたのを思い出すが、「どこを、どう変え」その結果「何が変わった」か、残念ながら私にはわからないままである。
 
 齋藤について言えば、最近は試合の時にしか彼を観ることができない。
 そんなわけで、今の私には、彼の持つ素晴らしい個性がどこかに飛んでいかないよう見守るだけである。
 

                       【スプリントと個性の話・その2】
 速く走る上で、理想の走りはオリンピックチャンピオンなのか。
 もしそのような論理が成立するならば4年ごとに理想の走りが変わってしまう。
 私は、歴代のオリンピックチャンピオンたちに共通に見られる動作に理想の走りのヒントがあると考える。
 
 『1964東京五輪優勝のヘイズと2008北京五輪優勝のボルトの共通点を見つけ列記せよ』
 と質問されたとする。あなたはどれくらい共通点を書くことができるだろうか?
 「黒人選手」「オリンピックの金メダリストかつ大会中に世界(タイ)記録樹立」などといった回答を期待する質問ではない。
 その答えとは、「共通の( )で括られる因子」ということである。
 
 彼らは速く走った。
 おそらく、彼らは速く走るコツを知っていたに違いない。
 彼らに速く走るコツを聞いてみたい気がしないでもないが、彼らの話すところの速く走るコツは言葉の解釈といった問題も含めてあいまいになってしまうであろう。
 ならば、『彼らが速く走った、という事実の中で共通の因子』を発見し、それを指導上のポイントにした方が得策ではなかろうか。
 
 彼らの動きの中から発見される共通の因子が必ずどこかにあるはずだ。
 見た目は違う動きに見えても、本気で探せば共通した『○○という動きのポイント』『△△という動きのポイント』は必ず浮かび上がってくるはずだ。
 
 彼らは生まれついてそのような動き、つまり速く走るポイントがわかっていたのかもしれない。
 しかし、そんな考えでは昔から言われ続けられてきた「短距離は天才、長距離は努力の競技」を肯定することになってしまう。
 ここでは夢いっぱいに、「彼らは速く走るための共通因子を知っていた。そしてその因子をポイントとして意識的に練習に励んできたに違いない」と思わなければ指導者として先に進めない。
 彼らはいくつかのポイントを押さえることにより、自らの長所を発見し、精神的なものも高め(例えばリラックスや集中力)個性ある走りを創りあげたはずだ。
 

                       【スプリントと個性の話・その3】
 これまでJUVYから新里、栗原、島田、大野、齋藤と日本代表が生まれているが、彼らの顔などは見なくとも、彼らが走っている姿を見れば誰であるか、JUVYの関係者なら間違えるはずはない。
 それくらい、個々のスプリントフォームには特徴がある。
 しかし、スプリントフォームは一人ひとり違っているようでも、ある局面においては共通因子と思われるような動きが見られる。
 そのような共通因子を瞬間的に観る際、「ポイントを観る」と私自身呼んでいるが、あるポイントの観方について一例をもって説明したい。
 
 まずは100mの得意な二人、新里と栗原の比較である。
 新里は膝が上がらないように映る選手であった。しかし、彼は支持足が地面を離れると同時に空中脚の膝をすぐ下げ始めるという、ピッチを高められる選手特有の動きをしていた。半面、栗原は膝が良く上がったが、支持足が地面を離れてからも空中脚の膝を上げていくような動きが見られることがあった。
 このポイントに関して200mの得意な二人、すなわち大野と齋藤はどちらのタイプであったろうか。
 ずばり、支持足が地面を離れる時と空中脚の膝上げのタイミングで言えば、大野は新里タイプ、齋藤は栗原タイプである。
 ただし、栗原も齋藤も調子の良い時には、そのような動きは見られない。
 実を言えば、私はこのポイントを確認することにより、その日の調子を測っていたのである。

 もしも、身長165cmでピッチ走法の新里に対し身長182cmでストライド走法の大野、前半型の栗原に対し後半型の齋藤といった、現象だけをとらえて選手を指導していたならば、とっくの昔に自分の指導法に行き詰りを感じていたはずである。
 
 もちろんこの例以外にも私には独自に観るポイントがあるが、ここには書けない。
 
 着目すべきポイントを観て瞬時に判断し、アドバイスをするというやり方こそ、私の指導の特徴である。このやり方を自分自身では個性的な指導法であると思っている。
 

                       【スプリントと個性・話のまとめ】
 もちろん、速く走るということがこれまで述べてきたコツとポイントだけで成立するものではないことは重々承知している。
 そのほかの要因(精神的要因、生理的要因、身体的要因、経済的要因、環境的要因など)が複雑に絡み合っていることは事実であるし、それらを特徴とする考え方もある。
 しかし、今回は『スプリントと個性』のうち『コツとポイント』に絞って話を進めてきたために、話が狭窄かつ鋭角的になっていることをお許しの上お読みいただきたい。
 
 速く走るにはコツがある。
 
 そのコツは先天的なものと後天的に獲得したものとに分けられるが、最終的にはコツの獲得数の問題が競技力を支える要因の一つであることは間違いない。
 コツの獲得はあらゆるスポーツにとって大切なものであり、選手が獲得してもらわなければこまるものである。
 同時に、指導者も『指導のコツ(ツボ)の獲得』と『コツの伝承』という命題を抱えていることを忘れてはならないようだ。
 
 速く走るにはおさえるべきポイントがある。
 
 スポーツ指導者を評価する上で「選手の動きを『どれくらい且つどこまで』必要なポイントとして観てやることができるか」ということがある。
 指導者は観点(視点)を伝え、選手の感点を聴き、双方のギャップを少なくする努力をすること大切である。
 
 私は、速く走るための共通因子(観る者にとってのポイント)を自分なりにいくつか持っている、という意味合いは前述した。
 そうした共通因子をスプリントの基本と考えるならば、「共通因子を取り上げたトレーニングを実践し、共通因子を正確にできるようにする」ことが基本であり、そういった「基本を押さえた上である局面で現れる特徴的な強い動き」をスプリンターの個性ととらえることはできないだろうか、といつの間にか考え始めた。
 それまでも同じような考え方でやってきた部分もあったが、基本となる考え方が確立されていたわけではなかった。つまり、『総論なしの各論』というものである。
 
 こうした『共通因子と個性との関係』という考え方を確立することができたのは、1999年3月のことである。
 長男が立教大学野球部に入部したので挨拶に伺った帰り、合宿所近くの東武東上線志木駅前の書店で出会った、芭蕉の『不易流行』について書かれた書物を読んだときにハッとした。
 その時感じたこと、それは「やらなければならないことをやってから、新しいことをやる」ということであった。
 
 ここ数年、県外での指導や一流選手の指導を契機に続々と新しい共通因子の発見、そして発見を創造に変えるトレーニング法がよく浮かぶ。
 緊張感と責任感のなせる業であろうか。
 それとも、指導者として最終章に入ってきているのであろうか。
 否、間違いだらけの練習を繰り返してたどり着いた結果であると思う。
 
 何度も言うが、私は『速く走るには普遍的な共通因子が存在する』と確信している。
 そうして、『普遍的な共通因子を理解し、獲得した上で、各自の体型や局面の強さなどによって出てくる動きこそが個性である』という説を今のところ曲げるつもりはない。
 

                  【個性は『脱・唯々諾々』からはじまる】
 スプリントの話から徐々に指導の話や生き方に戻さなければならない。
 
 岩手県立黒澤尻北高校に高須という選手がいる。彼の腕ふりは独特である。過去の一流スプリンターの腕ふりとはあきらかに違って見える。
 ところが、高須の指導者である千田俊一は「自分の描く理想のイメージと違った腕ふりに目を奪われ矯正しようかと思ったが、他の部分のポイントを確認するうちに、『今やっておくべきことは他にある』のではないかと」いう結論に達したという。
 千田のように『広角と焦点を使い分けられる目を持つ指導者』を『個性的指導者』というのかもしれない。
 
 先日、同じ岩手の専修大学北上高校の千田昭幸から、ご子息の通う小学校の先生からのアドバイスについて電話があった。
 ご子息が言うには「先生が『1000mは長距離だから疲れないように踵から着地して走れ』と言われたのでそのように走ったら、スピードが出ないでこまった」ということである。
 これには思わず二人して笑わずにはいられなかった。
 子どもの方が先生よりも速く走るためのコツを知っている。それでも先生は、何が正しいかを自分で確認もせずに画一的に教えているという見本である。
 
 二人のことを例にとるまでもなく、画一的な指導だけを用いて『普通の子ども』『同じような子ども』に育てることだけが学校の目的ではないはずである。
 もちろん画一的指導は指導の基本である。怖いのは『画一的指導の用い方』である。
 「使い方を一歩間違うと、『画一』から脱却できない、つまり個性の誕生が遅れる、あるいは個性の発揮ができなくなる生徒ばかりになってしまうから注意した方が良いですよ」という話である。  
 
 画一的な指導(もちろん正しいやり方)から出発することを基本としながら、最終的には一人ひとりが自分の考えで行動するようになることが、我々指導者の目標でなければならない。
 
 「させられる」から脱却することで個性が誕生する。
 その後、己の個性は何かを知り、鍛え、磨くことで、己の個性を武器に人生を歩むことができるようになるはずだ。
 
 個性とは『人とは違うこと』『人と違うことをやること』だけではなく、『脱・唯々諾々』(だつ・いいだくだく)を実践することなのである。
 個性の時代だからこそわかっておきたい。
 

 自分自身に命令することのできない者は、人に服従することになる。(ニーチェ)

 
 ここまで頑固に普遍なるものを追い求めてきたのだから、これからも私は私なりにかたくなまでに普遍に対するこだわりを持って生きて行きたいですな。

                
Vol.1 JUVY 創 設
Vol.2 理想の指導者とは
Vol.3 素晴らしき指導者
Vol.4 回顧・2005年
Vol.5 新春は箱根と共に
Vol.6 凛として颯爽と
Vol.7 眼のつけどころ
Vol.8 視点・感点
Vol.9 思い出に残る一言
Vol.10 新たなる旅立
Vol.11 JUVY誕生
Vol.12 春のスポーツシーズン到来
Vol.13 指導者としての実践力とは
Vol.14 ジュニアとシニア・その1
Vol.15 ジュニアとシニア・その2
Vol.16 わたしなりに言いたいことを…
Vol.17 「眼に見えない力」
Vol.18 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その1」
Vol.19 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その2」
Vol.20 「トーナメント・有限と無限の交差点」
Vol.21 「定石とひらめき」
Vol.22「合同練習会」
Vol.23「国民体育大会」
Vol.24「心・技・体」
Vol.25「再興」
Vol.26「神在り月」
Vol.27「修行」
Vol.28「言霊」
Vol.29「夢」
Vol.30「影響力」
Vol.31「健康」
Vol.32「我家の凜氣」
Vol.33「食」
Vol.34「インカレ」
Vol.35「2007年 JUVY TC前期総括」
Vol.36「今日まで、そして明日から」
Vol.37「国体関ブロ観戦記」
Vol.38「想いを文字で伝えるということ」
Vol.39「人間の運命について」
Vol.40「思いつくまま継走の如く」
Vol.41「広き世界」
Vol.42「スピード・スピード・スピード」
Vol.43「白と青、そして遊」
Vol.44「36−10」
Vol.45「この卯月に思ったこと」
Vol.46「スプリント」
Vol.47「”運”と”付”」
Vol.48「純粋にひたむきに」
Vol.49「オリンピックへの興味・関心」
Vol.50「ラストゲーム」
Vol.51「氣づき」
Vol.52「私見・学校というところ」
Vol.53「チーム」
Vol.54「遠征講習会」
Vol.55「蔵出し その1」
Vol.56「蔵出し その2」
Vol.57「Enjoy Baseball
Vol.58「ふるさと
Vol.59「夢舞台に向かって」
Vol.60「評価」
Vol.61(臨時増刊)「桂月・秋立つころ〜北上にて」
Vol.62「「古都・奈良でのはなし」
Vol.63「「今の若いものは・・・」
Vol.64「「朱夏の61年間と白秋2009」
Vol.65「「2009日本スプリント地図」
Vol.66「四季の風ー乗って、向かって、横からうけてー第1回」
Vol.67「四季の風ー乗って、向かって、横からうけてー第2回」
Vol.68「四季の風ー乗って、向かって、横からうけてー第3回」
Vol.69「四季の風ー乗って、向かって、横からうけてー第4回
Vol.70「四季の風ー乗って、向かって、横からうけてー第5
Vol.71「四季の風ー乗って、向かって、横からうけてー第6回
Vol.72「四季の風ー乗って、向かって、横からうけてー第7回
Vol.73「四季の風ー乗って、向かって、横からうけてー第8回
Vol.74「四季の風ー乗って、向かって、横からうけてー第9回
Vol.75「四季の風ー乗って、向かって、横からうけてー第10回

Circle-JUVY General Manager OKUZAWA Yasuo