Vol.70 2010. 皐月
四季の風 ―乗って、向かって、横からうけて―」
第5回 (2010年5月8日)
 

T  スポーツとともに半世紀


 (4) 学校における体育的活動    (※表題を変えました。)


 戦後における日本スポーツ界の発展は学校の体育関係者の努力を抜きには語れない。彼らは、授業はもとより学級・学校経営に加え、ほとんどボランティアといえるような状況で運動部を熱心に指導してきた。
 私自身、そのような方々の影響を受けた後、これまで、つなぎの役割をはたしてきたと自負している。

 

         【これまでの学校における体育的活動について考える】     
 我が国における学校体育は1872年の「学制」に極めて低調ながら「体操」として登場し、1886年の「学校令」の公布によって位置づけられた。体育はその時代の社会的背景に強く影響をうけながら、身体活動教育という名目で、「体操」「武道」「走・跳・投の運動」を中心に、時には「修練」や「訓練」などという名称を使われながらも、「知徳体の体」や「文武両道の武」の役割を担って重宝されてきた。もちろん放課後の活動が盛んに行われてきたことは、佐野SACが1928年に設立されていることからもうかがい知ることができる。
 
 特に、第二次世界大戦前において体育は重視されたようである。
 そのころまでの日本では「体育」という言葉は「人間の身体及び身体運動にかかわる教育、あるいは文化現象」といった意味で使われてきた。
 現在使われている「体育」は「スポーツ」と同意語に近いものとなりつつあり、スポーツは生活の中に随分と溶け込んできているが、戦前の「体育」というものが人間の生活にとってなくてはならぬものであったかどうかは定かでない。

 戦後、民主国家を叫ぶ日本は教育の分野でも大きく変わった。その中でも特にはっきりとした態度をとったものの一つに学習指導要領というものがある。
 学習指導要領は、昭和22年の指導要綱をかわきりにほぼ10年ごとに改定を繰り返しながら、学校教育に多大な影響を与えてきた。
 もちろん、教科体育(本来は保健体育と書くべき所であるが、保健は省略)も同様であり、その変遷をまとめると次のようになる。
 
 昭和20年代
 生活体育が主流であり、社会性や生活態度が身体的発達より優先されていた。学習指導要綱はあくまでも「手引き」であった。
 
 昭和30年代
 目標が基礎的運動能力や運動技能の習得に変わり、運動も教材であり学習内容であると、他教科との一元化が図られた。学習指導要領も指導における「基準」となり、法律・省令の主旨をもつものとなった。

 昭和40年代
 運動技能に加え体力の向上が重点とされた。総則でも強調され、学校全体での取り組みが明記された。

 昭和50年代
 運動への親しみ、楽しさ、継続が重視され、生涯にわたってスポーツや運動をすることの価値などが目標に示された。
 その後はこれまでに3度の改定がなされ、そのたびに新しい内容が示されてきた。その点については読者諸兄が詳しく存じ上げていると思うので、ここでは省略する。
 
 これを書いていて、自分の高校時代、昭和40年代の母校が懐かしく思い起こされた。
 そのころの佐野高校の体育の授業は、毎時間サーキットトレーニングから始まった。手作りの器具がズラリと並ぶ校庭で、一斉に開始、生徒は誰一人として文句を言わず黙々と行った。まさに、体力の向上に重点が置かれていたのである。
 夏はプールサイドで補強トレーニングを行った後50mプールでインターバルトレーニングのごとく飛び込み、そして泳いだ。
 全校マラソン前になると毎時間持久走のタイムトライアルに変わるが、なんとサーキットトレーニングを実施した後に走るというハードなものであった。
 そのころの佐野高校は間違いなく学習指導要領に忠実に授業を展開していたのである。同じ体育教師として、当時の先生方に敬意を表さずにはいられない。
 

 閑話休題。
 日本が世界に冠たる教育国になりえたのは、この学習指導要領の力が大きい。なにしろ、日本中の児童生徒がほぼ同じことを教わっているのである。このような国は世界でもあまり類を見ないようである。このことによって、教育の平等性が保たれ、平均的な底上げがなされてきたのである。

 素晴らしい我が国の学習指導要領であるが、私は少なからず学習指導要領(保健体育)に対して疑問感や抵抗感を持っている。

 まずは、学習指導要領の、考え方、目標、教材、指導法などは一貫して示されてきたのか?ということ。
 総則や、他教科との関係もあるので体育だけが暴走することはできないことはいたしかたないにしても、体育の特性が希釈され他教科と横並びにされてきたように感じている。
 
 ついで、いつの時代にも言えることであるが、教材の取り扱いや指導法について示したうえでの改善にまで及んできたのか、ということ。
 もちろん、学習指導要領は法的根拠を持ち、解説書は参考であることはわかる。しかし、超のつく多忙感を持つ教師が学習指導要領を読み解く時間を確保するのは至難の業であることも理解して作られたものであるかどうかは、今もってわからない。
 
 近年、児童生徒の「体力低下」「問題行動」「生活習慣」などの課題が山積してしまった事実を、どのように受け止めているのであろうか。知りたい部分である。結果のまとめを公表されても解決にはならないはずである。
 
 これまで、学習指導要領を作る側は、きわめて抽象的な理念を掲げるとともに、「『何なにを教えろ(何なにするものとする、という表現を使う)』とは言うが、『どのように教えろ』とは言わずに、『あなたたち教員の自由裁量でやってよいから、どうぞ目標に掲げたことに対し効果を高めてみてください』」といった言い回しでの現場任せが続いてきたのである。今回の改定では「○○では、○○をすること」といった表現が用いられているようであるが、縛りを強くしただけなのではないかと思っている。しかも、数年遅れの実態調査で検証し、「何とかせい!」と言われるだけでは、現場の教員は困惑するしかない。
 
 教科書のない教科、それが体育である。現場の指導者はそのような課題をクリアーしながら一生懸命生きてきた。
 今こそ、多くの体育教師はそのようなことに対して「本気で工夫し解決してきたことに誇りを持つべきだ!」と胸を張って叫ばなければならない。
 

 独り言その1
 現場の努力という点を考えると運動部関係者の努力はさらに顕著であった。
 運動部で成果を上げている指導者は「健康や体力的な特性」「教育的な特性」に加え技能を中心とした「競技的な特性」などにおいても学習指導要領で要求するレベルよりはるか先を理解し、なおかつ独自の教材開発や指導方法の工夫で指導してきたのである。まったくもってたくましい限りである。ただし、そのような指導者は保健体育科教員に限らない。
 彼らは、
 「校務全般に力を注ぎながら、部活動も一生懸命やっている!」
 だから、彼らは
 「学校現場の中で光輝く存在である!」
 なぜなら彼らは
 「授業だけでは学ぶことのできない、人間が生きていく上で必要な勉強を教えている!」
 そうして彼らは
 「生きる力の根源を揺さぶる術を身につけてきた!」

 

      【今、あらためて学校における体育的活動について考える】
 体育もスポーツ(以下「体育的活動」という)も「活動する」ということが原点である。
 体育的活動の多くが「目に見える行為」であり、ほとんどの場合において「見ている前で結果が表れる」行為である。
 そのことは、途中で「考える」という目に見えない内面の動きがおろそかになっても成立してしまう行為でもあるわけだ。
 もちろん活動のためには、ルールやトレーニング手段を考えなければならないが、そのような考えは「論理的思考」であり、「哲学的思考」とは異なるものである。論理的思考は知識をもとに考えることが中心であることもあり、これまで、体育関係者の多くの方々が考えると言えば、こちらの方を重宝してきた。しかし、人間形成の手段としてはこちらだけでは不十分である。
 
 教育の原理原則の一つに「自ら考える力を養う」というものがあると思う。
 本来「考える」ということは、第三者からは視覚的に見えないもの、見当がつけられないもの、であるが、今後、特に注目したいのは、哲学的なものの考え方である。あえて言えば「思惟的(思うこと・思い考えること)」とも言うべきものであろうか。中宮寺や広隆寺にある菩薩半跏像で使われる思惟に似たものと考えているが、そのような側面からみた「考える」能力をおろそかにしてきたことを我々は否定できない。それは私自身の体験でもよくわかる。
 実は「体育的活動ほど論理能力や思惟能力に刺激を与える活動はない」はずなのである。
 

 独り言その2
 日本の学校における体育的活動には、「(広義の意味での体育である)保健」があり、「体育」があり、「体育的学校行事」があり、「運動部活動」があり、生涯にわたって健康安全に留意しながらスポーツに親しむことへのかけ渡しをしてくれている。
 しかし、体育的活動の成果がそれだけでは寂しすぎないか。
 体育的活動を通して論理能力や思惟能力を高めることを真剣に考える指導者が数多く表れない限り、体育的活動の価値は低く見られても仕方のないことかもしれない。
 
 私は学校における体育というものにどっぷりとつかりながら50年あまり生きてきた。
 その中で「学校における体育的活動は子どもたちが発達していくために不可欠なものであり、人間の生涯の一時において大切に扱わなければならないものである」ということを知った。
 特に、学校における体育的活動を実践すれば、
  経験の応用として、人生において意欲や自信をつけ、
  能力の実用として生活の中での健康、体力、安全などについて考えさせてくれ、
  社会性の形成として公正、協力、責任やマナー、ルールなどを教えてくれる、
などのことが得られるのである。
 これほど素晴らしい、これほど教育的効果の高いものに取り組んできた私は幸福者である。

 体育的活動は人類の誕生とともにあったはずである。
 我々は地域や時代の変化とともに人類が体育的活動をどのように考え、どのように行ってきたかを検証することにより、体育的活動を取り巻く社会との関係を知ることができる。
 そのことは「学校における体育的活動から、人間としていかに生きるべきかを学べる」ことを示唆するものなのである。
 私にとって、思考性を持った体育活動への取り組みはまだまだ始まったばかり、これからである。
                                   
               
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