Vol.66 2010. 睦月
四季の風 ―乗って、向かって、横からうけて―」
第1回 (2010年1月8日)
 


 早いもので私の教員生活は残すところ2年余りとなりました。
 残り年月を実感としてとらえる事ができた昨年の10月、それは国体の帰りの新幹線の中でありましたが、私なりに気持をまとめておきたいという衝動にかられ、2か月ほど構想を練って来ました。
 その結果、計画的にテーマを決め、修了時にはお粗末ながら、一冊の“本もどき”にしたらどうであろうかかとなった次第なのです。
 今月の、「まえがき」と「構想のまとめ(目次)」で始まり、来月からは「構想のまとめ(目次)」にそって1テーマずつ書き続け、27ヶ月後の平成24年3月に「あとがき」をしたためて脱稿となるという計画です。

 以上、まえがきのまえがきということでお許しください。

 



    四季の風 ―乗って、向かって、横からうけて―


 第1回(2010年1月8日)

 
  まえがき


 かつて日本の陸上競技界は世界に伍して闘っていた。
 アムステルダムオリンピックでの織田幹雄、ロスアンゼルスオリンピックでの南部忠平、ベルリンオリンピックでの田島直人などを中心とした跳躍陣の活躍はあまりにも有名である。もちろん跳躍競技以外にも多くのヒーロー、ヒロインはいた。例えば短距離の吉岡隆徳、中距離の人見絹江、長距離の村社講平などである。
 
 私の育った栃木県佐野市も陸上競技の街であったという。

 「あの人が小野さんだ」と父が教えてくれた。
 父は旧制佐野商業(注:後に統合され、現在の佐野高校となる)で走高跳に夢中で取り組み、30をゆうに超えたそのころも、地元の体育祭などに出場し現役(?)を続けていた。  
 当時の父は家業の合間に裏庭に行き、手製のハイジャンプスタンドに藪から取って来た竹のバーをかけ、正面跳で跳んでいた。むろん助走距離は短いし、砂場もない。黒いスパイクシューズを履いていたのが妙にまぶしく、うらやましかった。
 後に聞くところによると「それが唯一の楽しみだった」と言うが、佐野とはそのような人間の棲む街だったのかもしれない。
 
 閑話休題。
 私が初めてスポーツの一流選手を身近で見たのは、身長6尺3寸(189cm)の小野であり、小学校に入学する前のことであった。小野は我が家の近所にあった和菓子製造の店に商売の関係で時折訪れていたのである。
 小野とは佐野中学(現在の佐野高校)、そして慶応義塾大学で学び、1932年のロスアンゼルスオリンピックの走高跳で7位(注:当時は6位までが入賞とされていた)に終わった小野操のことである。
 
 小野だけではない。時代が前後して恐縮であるが、戦前の佐野には三段跳で日本記録を樹立し、日本選手権を計4回獲得した佐藤信一、歯科医でありながら1500mで日本記録を樹立した土屋甲子雄、極東オリンピックで棒高跳に優勝した阿部経など、日本の一流選手が目白押しだったのである。
 中でも、佐野中学卒業後日本大学に進学、学生時代に3000mSCで日本記録を樹立した大澤龍雄は悲劇をもって語られる英雄でもある。彼は南方で戦い、二度と日本の土を踏むことなく散っていった。(余談であるが、大澤の日本記録は戦後高橋進によって破られるが、1964年日本記録を奪い返したのは佐野高校〜東洋大学〜東急で活躍した奥澤善二であることが、佐野の陸上競技関係者の溜飲をわずかながらも下げてくれたという。)
 
 ところで、大澤の名を記した大会が平成22年2月で60回を迎える。その大会を「大澤駅伝競走大会」という。
 「小野さんを中心に佐野スパルタ倶楽部員が『何とか大澤の偉大さを後世に残すことはできないか』と手探りで準備し大会の開催にこぎつけることができたのだ」と、恩師・岡島宣八からは何度も聞かされた。
 その第1回大会を開催した昭和26年、その年に私は生まれた。
 その時からまもなく60年。
 陸上競技の街・佐野はどのような発展をしてきたのであろうか。
 また、これから先どのような道を歩むことを求められているのであろうか。
 
 個人的にも中学1年生の時から始めた陸上競技体験は40年を超えた。
 その間、常に「陸上競技とは、そしてスポーツとは何か」ということを考えてきたはずなのに、いまだ自分の言葉で説明できないでいる自分が見える。
 
 そろそろ「陸上競技とは、そしてスポーツとは何か」ということを一言で言えるようにしなければならないようだ。
 それがスポーツを好きにさせてくれた両親、心行くまでスポーツに打ち込ませてくれた家族、私を育ててくれた陸上競技の街・佐野への恩返しであると思う。
 
 
 風は雲を呼び、雲は雨を降らせる。しかし、その風が雲を追い払い青空を見せてくれる。
 春夏秋冬、四季を通じ風は吹き、大氣を動かす。
 そんな四季の風にうまく乗って走れたこともあった。
 向かい風でなかなか前に進めないこともあった。
 横風を受けてバランスを崩したこともあった。
 
 そんなことから、この“本もどき”の題名を、「 四季の風 ― 乗って、向かって、横からうけて ― 」とすることにした。
 27回にわたり毎月ご一読、そしてご教授いただければ幸甚である。
 
 
 なお、文体の都合や話に臨場感と客観性をもたすために、まことに失礼であることは承知の上で、多くの方々の敬称を略させていただくことをお許し願いたい。



  目次

T  スポーツとともに半世紀
   (1) 個人的スポーツ体験
   (2) 発育発達とスポーツ
   (3) 現役と指導者のはざまで
   (4) 日本に生れてよかった ―学校体育の素晴らしさ―
   (5) 信頼できる仲間たち    

U  スポーツと感動
   (1) 「若さが命だ 若さを燃やせ」
   (2) 教え子に「本物」を教えてもらう
   (3) 「せる・させる」からの脱却
   (4) 個性の時代
   (5) スポーツの果たす役割

V  私の指導と反省
   (1) 「佐野の陸上競技」が歩んできた道と私
   (2) 「栃の葉国体」までの時代
   (3) 「佐野高校黄金期」と言われた時代
   (4) 「転勤」は最高の研修
   (5) 「行政」で養った眼

W  JUVYの強さ
   (1) JUVY設立までの道
   (2) 吉永一行との出会いと齋藤仁志の出現
   (3) スプリントの基礎基本の確立
   (4) 広がる夢の輪
   (5) 総合型地域スポーツクラブとしてのJUVYの未来

X  夢のクラブチーム
   (1) クラブチームと部活動
   (2) 内の常識は外からみれば非常識
   (3) 興亡のカギは連携にあり
   (4) 独立力と共生心
   (5) 一緒に活動してきた仲間に

あとがき(私の歩んできた道)


※目次は各月の表題になっていますが、予告なしに変更することをご容赦願います。

               
Vol.1 JUVY 創 設
Vol.2 理想の指導者とは
Vol.3 素晴らしき指導者
Vol.4 回顧・2005年
Vol.5 新春は箱根と共に
Vol.6 凛として颯爽と
Vol.7 眼のつけどころ
Vol.8 視点・感点
Vol.9 思い出に残る一言
Vol.10 新たなる旅立
Vol.11 JUVY誕生
Vol.12 春のスポーツシーズン到来
Vol.13 指導者としての実践力とは
Vol.14 ジュニアとシニア・その1
Vol.15 ジュニアとシニア・その2
Vol.16 わたしなりに言いたいことを…
Vol.17 「眼に見えない力」
Vol.18 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その1」
Vol.19 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その2」
Vol.20 「トーナメント・有限と無限の交差点」
Vol.21 「定石とひらめき」
Vol.22「合同練習会」
Vol.23「国民体育大会」
Vol.24「心・技・体」
Vol.25「再興」
Vol.26「神在り月」
Vol.27「修行」
Vol.28「言霊」
Vol.29「夢」
Vol.30「影響力」
Vol.31「健康」
Vol.32「我家の凜氣」
Vol.33「食」
Vol.34「インカレ」
Vol.35「2007年 JUVY TC前期総括」
Vol.36「今日まで、そして明日から」
Vol.37「国体関ブロ観戦記」
Vol.38「想いを文字で伝えるということ」
Vol.39「人間の運命について」
Vol.40「思いつくまま継走の如く」
Vol.41「広き世界」
Vol.42「スピード・スピード・スピード」
Vol.43「白と青、そして遊」
Vol.44「36−10」
Vol.45「この卯月に思ったこと」
Vol.46「スプリント」
Vol.47「”運”と”付”」
Vol.48「純粋にひたむきに」
Vol.49「オリンピックへの興味・関心」
Vol.50「ラストゲーム」
Vol.51「氣づき」
Vol.52「私見・学校というところ」
Vol.53「チーム」
Vol.54「遠征講習会」
Vol.55「蔵出し その1」
Vol.56「蔵出し その2」
Vol.57「Enjoy Baseball
Vol.58「ふるさと
Vol.59「夢舞台に向かって」
Vol.60「評価」
Vol.61(臨時増刊)「桂月・秋立つころ〜北上にて」
Vol.62「「古都・奈良でのはなし」
Vol.63「「今の若いものは・・・」
Vol.64「「朱夏の61年間と白秋2009」
Vol.65「「2009日本スプリント地図」
Vol.66「四季の風ー乗って、向かって、横からうけてー第1回」

Circle-JUVY General Manager OKUZAWA Yasuo