Vol.64 2009. 11. 8.
【霜月の八】
「朱夏の61年間と白秋2009」


 朱夏の61年間・その1
 
 以下の資料は、1948年の第1回インターハイから2008年の第60回インターハイまでの61年間にわたり日本陸連・記録担当・野口純正氏が集計されたものを共同通信社・船原勝英氏にお願いし、氏経由でいただいたものをもとに奥澤がまとめたものです。
 
 問)以下に書かれた種目に共通することは何か。
 
 男子
  400mH
  5000mW
 女子
  400m
  1500m
  400mH
  4×400mR
  3000mW
 
 答)栃木県の選手がインターハイで入賞したことのない種目
 
 問)以下に書かれた種目、○数字、年次を説明せよ。
 
 男子
  400mC1983
  1500mB1999
  110mHA1963
  3000mSCB1976
  4×100mRA1983
  4×400mRB1983
  棒高跳A1950
  砲丸投A1989
  円盤投D1985
  やり投A2004
  混成競技A1970
 女子
  200mA1978
  800mA1980
  3000mD
  100mHA1991
  4×100mRB2006
 
 答)栃木県の選手がインターハイで優勝していない種目の最高順位とその年度。
 ただし、同順位が重複していることもあるので年度は最も新しい年を記載してある。
 また、110mHはジュニア時代を、3000mSCは1500mSC時代を含んでいる。
 
 これらを見ていたら、本県の弱点は負債系(400m)、技術系(ハードル、競歩、棒高跳など)ではないかとういうことがわかります。
 
 もう一度、じっくり目を通していると新たに発見することがありました。
 
 男子の400m、4×100,R、4×400mR、やり投、混成競技はJUVY関係者が関係していました。それぞれが栃木県インターハイ最高順位種目なのです。
 お名前をあげさせていただければ、400mの島田嘉紀、両リレーの佐野高校(島田、原英治、佐藤祐一、金井幸夫)、やり投の安田淳(ただし、2位重複の1997年)、混成競技の新井真智雄各氏となります。
 
 誤解しないでください。これは、JUVYの自慢をしているのではありません。究極の反省をしているのです。なぜ、これほどの長い期間我々は先達を乗り越える選手を育てることができなかったのでしょうか。
 
 『優勝劣敗』という言葉があります。私の嫌いな言葉です。人間には天賦の才能があり、どんなに努力を重ねても日本一にはなれそうもない選手がいることは否定できません。努力が全てを解決できるほど勝負の世界は甘くはないのです。
 しかし、だからと言って負けた選手を結果だけとらえて蔑むことは許されないことなのです。繰り返します。だから私は『優勝劣敗』という言葉は嫌いなのです。
 それにしても、あまりにも時空間が広がってしまった種目もあるようです。
 
 『遺伝・環境・生き様』は人間の競争結果に大きな影響を与えることは否めません。
 それゆえに、『環境』を整えてやれず、多感な若者に『生き様』を説いてやることができなかった我々指導者の責任は極めて重大なものがあると言えます。
 
 ところで、全種目優勝者を出している県はあるのでしょうか。
 実は男女とも全種目優勝という県はありません。いくつかの県が惜しいところで達成できないでいるのですが、そのほとんどの県がインターハイとしては歴史が浅く、専門的指導者の少ない競歩がネックとなっているようです。
 しかし、男女別で見てみると、女子で一県だけ完全制覇をしている県があります。
 御隣の『埼玉県』です。ここには『埼玉栄』という強力な学校があるにはありますが、競歩は『熊谷女』が大活躍しており、一校だけで成立したわけではありません。
 
 

 朱夏の61年間・その2  

@ 静 岡  75.4
A 埼 玉  70.9
B 大 阪  68.2
C 愛 知  65.1
D 千 葉  62.5
E 神奈川  61.8
F 福 岡  59.4
G 東 京  58.6

 ここからは、インターハイの短距離種目に限定して61年間における各都道府県の優勝者数と最高順位をもとに、奥沢が独自に実績値およびその順位を出したものです。数字は各都道府県の偏差値です。
 
 それでは、いくつかのデータを紹介します。
 
◆栃木の順位と得点
  
  29位、46.8 

〈コメント〉本県の国体天皇杯目標順位のようですね。「目指せ天皇杯20位台!」で満足はできません。1970年代の国学院栃木、1980年代の佐野のように組織的に取り組む学校の出現が待たれます。


◆関東地区の順位と得点(得点降順)
 
 埼玉(2位、70.9)
 群馬(15位、53.8)
 茨城(24位、49.0)
 栃木(29位、46.8)、以上北関東
 千葉(5位、62.5)、
 神奈川(6位、61.8)
 東京(8位、58.6)
 山梨(44位、37.0)、以上南関東

〈コメント〉北、南ともにトップの県との得点差はおおよそ25点あまりで同じですが、北関東は埼玉の突出、南関東は山梨の不振が歴史的には感じられます。栃木はこれ以上落ちたくありません。


◆地区別の平均得点(得点降順)
 
 東海(4県、61.9)
 北関東(4県、55.2)
 南関東(1都3県、55.0)
 近畿(2府4県、52.9)
 北海道(1道、51.4)
 南九州(4県、50.6)
 北九州(4県、49.7)
 中国(5県、47.0)
 東北(6県、46.9)
 北信越(5県、42.0)
 四国(4県、41.8)

〈コメント〉北と南が同一会場でやることは価値あることですね。南北8都県で考えても約55で、日本有数の激戦区には間違いありません。東海地区は強いと感じていましたが、そのとおりだということをあらためて実感することができます。


◆JUVYの合宿に積極的に参加してくれる高校がある都道府県の順位と得点(得点降順)

 宮崎(13位、54.9)
 山形(17位、52.4)
 北海道(21位、51.4)
 栃木(29位、46.8)
 岩手(31位、45.1)

〈コメント〉偏差値50以下は岩手と栃木。両県とも時間をかけて強化しなければ駄目ですね。強化は指導者間のつなぎが必要です。すべての関係者が先人の苦労や工夫をつないでいかなければ歴史は変わりません。一時の感情で組織を変えても所詮20〜30年の命でしょう。


 競技結果は指導者の力が大きく影響します。
 61年の歴史を眺めていると、その時々に伝説を打ち立ててきた指導者の存在があったことは、陸上競技史に詳しい方なら容易に想像がつくでしょう。
 もちろん栃木でも、短距離種目では前述の国学院栃木高校のN先生のお力は素晴らしいものがあったと認識しています。短距離種目以外でも、宇都宮女子商業高校のK先生、真岡女子高校のK先生、烏山女子高校の櫻井先生(現日立総監督、JUVYの後援者ということで実名をあげさせていただきました)など、時代を駆け抜けた学校がありました。いずれも、素晴らしい指導者が全身全霊をかけて指導していたのです。
 そのような方々に今こそ敬意を表すとともに、自分の与えられた場で普及そして強化を進めなければなりません。自分の所属する場での活躍が自信となり、お預かりした選手にも適切なアドバイスができるものと信じてきましたが、最近はいささか時代が変わってきているように思うのは私だけなのでしょうか。

 今から36年前、大学卒業を前にした私は、静岡県出身で大阪に就職なさっていた大学の先輩Iさんのご実家に連泊させていただき、I先輩の恩師であり私にとっても大学の大先輩にあたる静岡県立F高等学校のK先生をお訪ねし、指導の心を学ばせていただいたことを昨日のように覚えています。当時から好きであった幕末の長州の志士に自分を重ね、熱き心だけで訪静したものです。
 あれからまもなく36年、熱き心に少しだけ冷たい頭も加えられてきた私ですが、再度目標を設定しなおし、年相応の新たな自己実現を図りたいと考えています。
 


 白秋データ2009

 ここからは今年の国体です。栃木県選手の実力発揮度を数字で表してみました。
 方法は以下の通りです。

【1】 ランキング、ランキング変化、年次ベスト、パーソナルベスト、大会での記録をもとに数回の計算を経てポイントを出します。
【2】 @のポイントから参加選手の県選手団内での偏差値を出します。
【3】 @Aの結果をもとに再度計算したものが今大会栃木県参加選手の実力発揮度です。
 
 こちらは前章のインターハイ短距離61年間とは多少異なる方法で、奥澤が独自に数値化したものです。
 こちらでたびたび登場する数値は競技記録との相関を証明できるものではありません。 
 当然、数学的なものの見方・考え方からすると、計算式の公表や証明が必要なことは重々承知してはいますが、今回は割愛させていただくことにしました。
 なお、プライバシーの問題を考慮し、前章同様、原則としてJUVY関係者以外は氏名を伏せさせていただきます。


◆TEAM栃木で最も活躍した選手
 
 少年女子B100mH6位入賞のS選手が41でトップです。ついで、少年女子A400mのK選手が40です。3番目に教員枠で出場のH選手が39で続きます。
 TEAM栃木ではベスト8のうち4人が国学院栃木の選手で占められています。
 

◆JUVY所属選手の結果
 
 JUVY関係者では少年男子B走幅跳の山口航平が23で4番目、新井真亜紗が17点で7番目ですが、齋藤仁志は20番目で数値は評価不能のマイナスと出ました。
 山口、新井はTEAM栃木の中ではそれなりの成績を収めたのではないか、と評価されてしまいそうですが、実際には栃木全体の沈下がひどいため全国的なレベルでみるとかなりの低レベルです。このことについては後ほど説明します。
 なお、斎藤は決勝3位ですから栃木県としては最上位の競技得点をかせいでいますが、彼の実力からすると論外の成績であったことがはっきりわかります。
 「同行二人」ができなかったことを支援コーチとして深く反省する次第です。
 

◆不振をきわめたTEAM栃木の成年選手
 
 齋藤だけではありません。ランキングで入賞ラインに悠々入っていたはずの成年選手がことごとく評価不能、つまりマイナスポイントという残念な結果に終わりました。
 成年全体を見てもI選手のポイント0が最も高い(?)ことからも、成年選手が国体に臨むモチベーションは日本選手権などと比べ随分低かったのではないかと想像できます。
 ちなみに、計算【1】で齋藤を検証すると(この方法でなければ別個の大会ごとの比較ができない)日本選手権と国体では別人のごとき大きな差がありました。
 ここで問題としなければならないことは、前述のとおり競技得点での数字(齋藤で言えば6点)による錯覚です。
 得点はしているものの実力は発揮されていない。そのような事実に、表彰台にのぼったからといって高い評価を与えてよいのか、と問われれば、私は「No!」と答えます。つまり、現行の得点方式で評価を続けていては真の評価は出てこないということなのです。
 いわゆる優勝劣敗方式による評価方法を採用していけば、強化の本質からかけ離れ、強化の目詰まりを起こし、次年度以降も同じ轍を踏んでいくのではないか、ということが示唆されるはずです。
 

◆実力発揮度で見るレベルの比較
 
 ここで、実力発揮度について説明しておかなければなりません。
 【3】で表す実力発揮度は単年度評価ですから、今年の数値を眺めているだけではどれくらいのレベルかがわかりません。
 そこで比較の対象として、3年前の2006年に神戸で行われた国体を参考にしてみました。
 2006年の大会におけるTEAM栃木のトップは三段跳5位入賞の米澤京佑(佐野高―筑波大)の85、次いで少年B円盤投6位のY選手と少年Aハンマー投2位のY選手が77と続きます。
 
 【3】で表された数字は厳格には数字だけで評価できません。そこで、【3】であらわされた実力発揮度として使われる数字を、私は便宜上以下の6段階で整理することにしています。
 
 S・・・100以上“衝撃的活躍”
 A・・・99〜75“大活躍”
 B・・・74〜50“活躍”
 C・・・49〜25“健闘”
 D・・・24〜0“不振”
 E・・・マイナス数値“評価不能”
 
 ところが、私の考える合格基準のCまでに17人入っていた2006年に比べ、今年は何とわずか3人にすぎませんでした。しかもその中の一人は教員枠です。
  
【著者注】 2006年の兵庫国体では第一日目に出場した前述の米澤の活躍が導火線となり、TEAM栃木選手団として実力発揮合格レベル到達17人中7人がJUVYの選手であった。
 JUVYでただ一人合格レベルに達しなかった上岡の数値でさえ20である。20といえば今年TEAM栃木では6番目である。いかに、今年の国体におけるTEAM栃木が不振だったかわかる。ちなみに今年の競技種別天皇杯順位は39位であった。

 

◆新潟国体における県外JUVY所属選手の状況
 
 実力発揮度はTEAM栃木内でしか測れません。
 そこで【1】の計算法でJUVY所属の県外選手の数値を出してみました。
 
 籾木(宮崎工業高校・少年男子400mB)42
 佐々木(盛岡南高校・少年男子400m予選)41
 高須(黒沢尻北高校・少年男子100m準決勝)29
 品田(濃飛運輸倉庫・成年男子走幅跳B)27で、全員合格基準を超えていました。
  
 言い訳は言いたくないのですが、籾木は膝、佐々木は脛、高須はハム、品田は足首に強い不安を持ちながらの戦いでした。その中でもきっちりと合格基準を超えているところに、県外JUVYの強さを感じました。
 

◆成年男子200mの状況
 
 それならば私が最も注目していた成年男子200mの上位選手はどうだったか、再び【1】の計算法でポイントを算出、日本選手権の200mと比較してみました。
 優勝したF選手は日本選手権の数値54に対し今大会は82と評価はBからAに上がっています。
 また、2位のA選手はマイナス数値であった日本選手権からプラスの24まで数値を上げており、差だけでみると57ポイントの向上がみられ、F選手の差28ポイントに比べ、ずいぶんと頑張ったことがわかります。今大会は私の評価ではDとはいえ、「一時の不振から考えれば素晴らしく復調・健闘してくれた」と所属県は評価していることと思います。ひょっとすると、日本選手権〜日本インカレにかけて不調だった彼も、今大会が復調のきっかけになるのではないか、ということも十分に考えられます。
 

◆選手の実力
 
 選手の力関係の移り変わりは、このポイントからある程度推測することが可能です。
 
 例えば、何の予兆もなしにS評価やA評価をいきなり出した多くの選手は、その後なぜかスランプに陥ることが多いのです。ただし、スランプに陥らず、ここを乗り越えていく選手は、その後の競技力は高レベルで格段に安定していきます。100mのE選手などはその代表です。
 あるいは、200mのT選手などに代表される悪くともC評価でとどまるような安定度抜群の選手は必ず弾けます。
 実は、今年の吉永がその例にあてはまっていました。彼は日本選手権後も全国的な大会で、常にC評価をクリアーしていたことを考えると、来季のネクストステップが容易に予想されるのです。来年のことを言うと鬼に笑われますので、今年に限って言わせてもらえば、勢いのあった吉永を今国体で400mHに出場させたら、タラレバながらニヤツイテしまいます。
 

◆TEAM栃木の不調は今年に限った事なのか?
 
 【1】【2】【3】とコンピュータがはじき出していく数字を見ていて、「やっぱり」と思わず声が出てしまいました。
 途中、TEAM栃木の標準偏差が出てくる場面に出くわしたときです。
 兵庫国体の時の標準偏差35.5に対し、今年はなんと59.0でありました。
 ご存知のように標準偏差が大きくなるということは、対象とするデータのばらつきが大きくなるといことです。つまり、今回は低い競技力でしかもばらつきが大きいという最悪の状況が見えてしまったのです。
 それよりも、兵庫〜秋田〜大分〜新潟と年々標準偏差が大きくなっており、合格基準のC評価に達する選手が少なくなっていることが問題で、そこを見て「やっぱり」と思ったわけです。
 
 TEAM栃木大ピンチです。国体期間中、あるスタッフが「福島国体に逆戻りか?」と話しているのを聞きましたが、そのようなことではないことを、今回のデータは物語っています。段階的に、いわゆる右肩下がりになっているのです。
 人ごとながら、早く手を打たなければ大変なことになりそうです。
 

 
 今月の結び
 
 評価とは目標にどこまで迫りえたか、ということです。全員の目標を評価Cにするためには、個々がどれくらいの力を出せばよいか逆算し、根拠ある目標を立てると同時に、選手にその目標を与えてやることが必要です。
 
 JUVYを例にとりますと、齋藤は優勝、もしくはF選手にくらいついて僅差の2位でなければ評価Cには到達できないという厳しい状況下にありましたが、決してできない相談ではなかったはずです。さらに、山口は予選通過、新井は12”79で走れば評価Cに到達できたのです。こちらはさらに、二人にとってそれほど厳しいことではなかったはずです。
 
 閑話休題。
評価C以内で競技を終了した選手が続々と出れば、TEAMの雰囲気は一気に上昇します。すると、もともと実力のあった選手がどんどん力を発揮し得点を重ねていく構図がみられます。それが、全国的な大会におけるタクティクス、戦い方、ひいては勝ち方なのです。
 
 というわけで、私からの提言を2つあげておきます。公務の関係で国体反省会を欠席した罪滅ぼしにしたいと思います。
 

その1・とらぬ狸の皮算用

 競技結果としての得点試算をすることは強化策ではない。
 実力が発揮できる選手の発掘、そして実力が発揮できるような練習方法の開発をしたうえでの戦い方をすることが望まれる。

 ここの部分、数字でしか目標を確認できない組織や自治体に似ている。
目に見えるもの、見えないものが入り乱れてこの世を形成していることに気付いていないリーダーに支配されることこそ怖いものはない。
 
 【とらぬ狸の皮算用】
 まだ手に入れていないうちから、それを当てにして儲けを計算したり、計画を立てたりすること。
 この諺は、皮がとれる動物であるならば何でもよいようであるが、人を化かすと言われている狸を用いることで、まだ実現していないことを当てにして計算する愚かさの強調にもなっている。(言語由来辞典)

 

その2・対称性の自発的破れ
 
 偶然生まれるSやA評価の選手の出現は期待しない。ましてや、それが成功体験をもとにした期待(願望)であるならば、出現には何の根拠も見当たらない。
 今年度C評価であった選手を次年度B評価になるよう強化の対象とし、D評価であった選手をC評価になるような開発方法を中心とした強化策を立案し実践する。
 そのことが、Bの層を厚く、Cで踏みとどまれる選手を一人ででも多く輩出することとなるわけであり、この冬強化部員に課せられた使命ではないかと考える。行事の継承だけで、選手が育つはずはない。
 
 ここの部分、私のゴルフの目標と似ている。
 「バーディはねらわない。もしバーディが来てもまぐれと思い記憶からすぐに外す。何よりもダボを叩かない」
 
 【対称性の自発的破れ】
  2008年ノーベル物理学賞・南部陽一郎博士
 「中央が山のように盛り上がっている瓶の底の上からビー玉を落とすと、ビー玉は不安定な状況からどこかに落下していく。
 頂上から見ればどの方向も対等(対称性を持つ)であるが、ビー玉は自発的に選んで落下し、その瞬間対称性は破れる。」(財団法人 日本科学技術振興財団)

 

 故・中村清先生は生前、「強化というものは、見つける・育てる・生かす、の3点セットで完結する」と申しておられました。
 TEAM栃木のスタッフではない私ですが、再度今、真摯にこの言葉を受け止めたいと考えています。
 ただし、内の常識は外から見れば非常識、外での行動は内なる者からすれば矛盾に満ちたものに見えるものです。バランス感覚を大切に実践しなければならないことを肝に銘じたいと考えています。
 

 最後になりますが、ここまでのデータは私の遊び心が進めたものです。結果のまとめで何がわかる、とのご批判が続々と寄せられることはとうに覚悟の上です。
 当然、このような遊びを研究と思うほど自惚れてもいません。
 しかし、このデータをご覧になった方々の心に火をつけ、スポーツの振興の一助となることができれば、多少時間をけずってやってきたことが報われるような気がしないでもありません。
 
 おそらく、私にとってTEAM栃木での国体パーソナルコーチは今年が最後になるでしょう。
 だからと言って怠惰に生きようとは思っていません。
 歴史をつくるため、せめてかけっこをしている時くらいは、真摯に過ごしたいものです。
 
 なんてこと書くと、「仕事はどうした!」と言われそうです。
 訂正。

 一日は尊い一生です。これを空費することなく真摯に生きていきます。
 
 せっかく乗ってきたところです。
 来月は“データから見る2009日本スプリント”を展開してみます。

 
           
Vol.1 JUVY 創 設
Vol.2 理想の指導者とは
Vol.3 素晴らしき指導者
Vol.4 回顧・2005年
Vol.5 新春は箱根と共に
Vol.6 凛として颯爽と
Vol.7 眼のつけどころ
Vol.8 視点・感点
Vol.9 思い出に残る一言
Vol.10 新たなる旅立
Vol.11 JUVY誕生
Vol.12 春のスポーツシーズン到来
Vol.13 指導者としての実践力とは
Vol.14 ジュニアとシニア・その1
Vol.15 ジュニアとシニア・その2
Vol.16 わたしなりに言いたいことを…
Vol.17 「眼に見えない力」
Vol.18 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その1」
Vol.19 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その2」
Vol.20 「トーナメント・有限と無限の交差点」
Vol.21 「定石とひらめき」
Vol.22「合同練習会」
Vol.23「国民体育大会」
Vol.24「心・技・体」
Vol.25「再興」
Vol.26「神在り月」
Vol.27「修行」
Vol.28「言霊」
Vol.29「夢」
Vol.30「影響力」
Vol.31「健康」
Vol.32「我家の凜氣」
Vol.33「食」
Vol.34「インカレ」
Vol.35「2007年 JUVY TC前期総括」
Vol.36「今日まで、そして明日から」
Vol.37「国体関ブロ観戦記」
Vol.38「想いを文字で伝えるということ」
Vol.39「人間の運命について」
Vol.40「思いつくまま継走の如く」
Vol.41「広き世界」
Vol.42「スピード・スピード・スピード」
Vol.43「白と青、そして遊」
Vol.44「36−10」
Vol.45「この卯月に思ったこと」
Vol.46「スプリント」
Vol.47「”運”と”付”」
Vol.48「純粋にひたむきに」
Vol.49「オリンピックへの興味・関心」
Vol.50「ラストゲーム」
Vol.51「氣づき」
Vol.52「私見・学校というところ」
Vol.53「チーム」
Vol.54「遠征講習会」
Vol.55「蔵出し その1」
Vol.56「蔵出し その2」
Vol.57「Enjoy Baseball
Vol.58「ふるさと
Vol.59「夢舞台に向かって」
Vol.60「評価」
Vol.61(臨時増刊)「桂月・秋立つころ〜北上にて」
Vol.62「「古都・奈良でのはなし」
Vol.63「「今の若いものは・・・」
Vol.64「「朱夏の61年間と白秋2009」

Circle-JUVY General Manager OKUZAWA Yasuo