Vol.63 2009. 10. 8.
【神無月の八】
「今の若いものは・・・」

 

 ここに一冊の雑誌があります。進路関係のもので、私も定期的に購読しています。
 その雑誌“Career Guidance 26 (RECRUT)” によると「意欲のない大学生」が増殖中とのことです。

 かつては大学生といえば、“若さ”の象徴のように見られていました。
 しかし、この雑誌を読む限りでは、最近はそうとばかりは言えないようなのです。


 本当にそうなのでしょうか?
 自分の学生時代とはあまりに社会情勢が違いすぎるので、比べることに躊躇します。
 しかし、これからの日本を担う若者の実態はつかんでおきたいという誘惑も捨て去ることができません。
 


                     いまどきの大学生
 
 
 9月4日から3日間、日本学生陸上競技対校選手権大会が国立競技場で開催されましたが、その中日、ホームストレートから観戦する人にとって、聖火台の先から現れた、まさに玄月と呼ぶにふさわしい月が昇っていくのに気づかれた方も多かったのではないでしょうか。
 そのようなロケーションで行われた男子走幅跳決勝の5本目。東海大学1年の皆川澄人君の大ジャンプは、その動きを含め、忘れられない光景として生涯私の脳裏に残りそうです。
 
 その翌日、人生最後のICの日を迎えた筑波大学4年の齋藤仁志君の心境はどのようなものだったのでしょうか。
 私の36年前を思い出します。彼は春先の怪我の影響を受け完璧とは程遠いシーズンを送っていました。私も同じだったからです。
 しかし、大学生活最後のICは待ってくれません。
 彼は無責任な評論家の言葉や批判が飛び交う中、なおかつ、なかなか波に乗れない筑波大学勢の主将として不安ある脚と相談しながら200mにおいて3連覇を達成しました。
 両手を広げてフィニュッシュした瞬間の姿を私は一生忘れないでしょう。その瞬間、私の目には、白鳥が大空から安心の湖沼に降り立つ姿のように映りました。
 私の彼に対する進路判断ミスで浪人させてしまい、筑波大学に一年遅れて入学、日本代表で外国の地を踏むこと4回まで出世した齋藤君の最後のインカレも終わりました。
 日頃より大学当局に堂々とモノを申していた私にとっては、正直ホッとしたことを否めません。
 
 皆川君には「さあ、学生生活の始まりだ!」と昇る月に腰をかけているかのように見えたし、齋藤君には「よく4年間頑張った!しばらくゆっくりしなさいよ」と苦労の末シベリアから飛来した白鳥が乗り移ったように見えました。
 
 彼らをはじめ、あの3日間、国立競技場という場にいた各大学陸上競技部の学生の多くから「意欲のない大学生」がいるなどということはあまり感じられませんでした。それどころか、「元気いっぱいの大学生」を数多く目にすることができたのです。

 そこで、『Career Guidance 26 (RECRUT)“意欲のない大学生”増殖中』本文記載の中から気になるコメント2つを抜き出し、その中での著名人が研究室から観た「いまどきの大学生」と私が国立競技場で観た「いまどきの大学生」について比較し、私が個人的に理想とする大学生像をまとめていきたいと思います。


◆人の言いなりで大学を選んで来た学生は何事も人のせいにしがち
 
 高校の先生がただ1校、「ここどうだ」と薦めたとすると、生徒にとっては「はい」か「いいえ」しかありませんから、自分で決めたという感覚にならないんじゃないかと思います。そういう形で大学に入って、もしうまくいかなかったら、「先生が言うからここにしたのに…」と人のせいにするする子もいるでしょう。(東京電機大学・石田拓矢)
 
 高等学校の運動部員の進路(大学進学希望者)をみると、大きく2つにわかれます。
 「もう競技はいいです派」と「まだ競技を続けます派」ですが、後者が問題です。
 後者は大学進学後、「意欲的に競技をする派」と「競技はどうでもよい派」に道が分かれますが、ここでは「意欲的に競技をする派」に焦点を絞って話を進めます。
 そうかといって、意欲には波がありますし、大学に入ってから気づき、解決していかなければならない問題もたくさんあります。
 
 そこで、私は少々考えを発展させ、というよりは無理やり、国立競技場に来ていた学生を「意欲的に競技に関係する派」の集団ととらえ、インカレを観戦することにしました。
 
 インカレで旧知の某女子大教授と話をしながら観戦していたときのことです。教授は陸上競技部の部長を兼ねていますので、教授の周りで応援する学生が数多くいます。そこがその大学の本部になるからです。
 私は教授の話に耳を傾けながらも神経を研ぎ澄まして雰囲気を感じ取るよう努めました。しかし、およそ自分の人生を他人のせいにするような学生は私の眼には映りませんでした。(もっとも、他人のせいにするような学生はすでにドロップアウトしているのかも知れませんが…。)
 この大学の、今ここにいる学生は、「たとえ不満があろうともそれを殺せるだけの才能を身につけてきた学生なのではないか」と感じました。大学教育の形がそこにあります。
 
 大学生が「納得して選んだ大学に進学してきた」から悩みなき大学生になるという保証はどこにもありません。納得して進学しても、大学では何が待ち受けているかわかりません。誰でも悩みの連続です。私も大学に進学してから何度も絶望的な心境に陥っています。
 
 そう考えると、やはり、大学は研究機関としての役割を果たすだけの場ではないことに気付きます。
 大学に教育的な部分を残し、教育実践がなされなければ、若者が自立するにはあまりにも厳しい世の中が待ち受けている、思うのは私ひとりではないでしょう。
 
 “人の言いなりで大学を選んで来た学生は何事も人のせいにしがち”が圧倒的事実なら、時間をかけてでも、“人の言いなりになる学生に高い評価を与えない”ように小学校から教育目標の改革を叫ぶべきです。まだ、“上からの言いなりになることは徳”とする考えがあるのではないでしょうか。
 “白い巨塔”という小説をご存じでしょうか。 
 大学が学生に期待していることは、まさか“縦の会”(筆者注:“楯の会”ではありません)の継承ではありますまい。
 『自分の気持ちを自分の言葉で伝えられる人間の育成とそのような人間を尊厳できる人間性の醸成』を教育者共通のテーマとして、学齢に応じた教育がなされていれば、人の言いなりウンヌンの発想は起きないはずです。
 
 
◆最近の若者の自己肯定感は下降気味、しかし誰かの役に立てば自己肯定感は上がる
 
 若ものの自己肯定感が下がっていると最近よく言われますが、正確にいえば、下がっているのではなくアップダウンが激しいのだと思います。大きく上がっている時もあれば、大きく下がる時もある。安定している大人からすれば、それが低下しているように見える。
 最近の若ものは自己肯定感を対人関係、つまり他人からの承諾で保とうとしているからです。だから、友達から肯定されている時にはガーッと上がり、肯定されないとドーンと落ち込む。「信念」や「信条」を持ち、それが自分の中心で自転ゴマのように回っている人は他人の評価にそれほど左右されません。それがない人は他人からの評価で自己肯定感を保とうとするわけですが、人の言うことは皆それぞれ違うから、なかなか安定しないのです。
 
  今、若者たちの友人関係は関係を維持することだけが目的の関係だから息苦しくなっている。“関係のための”関係でなく、“何かのため”の関係というように転換を図っていくことが重要ではないか。グループとして大会に参加してみようとかいう、“目的”を持つのです。そうすれば、各々に役割ができ、誰かの役にたち、必要とされる機会が増え、各々の自己肯定感が向上することも期待できるでしょう。(筑波大学大学院・土井隆義)



 インカレと言えば応援合戦です。
 「一人はみんなのために、みんなはひとりのために」一生懸命に応援します。この言葉は、もともとはラグビー界の言葉らしいのですが、インカレの応援を聞いていてもその意味がよくわかります。
 ところが、「応援はしたくないから補助員を選んだ」という学生にも出会いました。その理由を尋ねると「応援していると競技がみられないからです。サブトラック係などは勉強になるから最高です。」と答えてくれました。
 大学という狭義の意味で考えれば「いかがなものか」となるのですが、競技運営という広義の意味からすると「ありがたい」ことなのです。これも、私のように齢を重ねると考えられる、いわゆるバランス感覚の一つなのかもしれません。
 
 いずれにせよ、ICという3日間で何をしたか、何が心に残ったかという押さえ方次第で自己肯定感が満足されるのではないかと思います。
 
 先ほどの某女子大学の総合得点は伸びません。失礼なこととは重々承知の上で、得点集計をしている学生に、「今何点で何位ですか?」と尋ねると、「7点で22位です。」と、悪びれることなく答えてくれました。
 その大学の選手が決勝に残り走っている時の声援の元気さにも驚かされました。
 まさしく、そこにいる学生は「生きる力」を組織ぐるみで高めていると感じました。その大学には教員を目指す学生も多いと聞きます。ぜひとも、一人でも多く採用試験をクリアーして日本各地に元気を与えてほしいと思いました。
 
 ところで、総合優勝候補と目された大学や教員養成学部を持つ大学の学生の元気のなさ、覇気のなさにはがっかりしました。
 私が恐れるのは、そのような形でインカレ3日間を過ごしてしまった学生が、社会に出てからまわりに元気を与えられないのではないかということなのです。
 
 その点、順天堂大学学生のインカレにおける一人一人の使命感、東海大学跳躍陣(指導者、学生コーチ、選手、応援者)の連携の素晴らしさ、中京大学短距離陣の挑戦する姿、彼らにはまさしく脱帽でした。
 彼らには“ものの見方・考え方”や“行動の仕方”がわかっているようです。
 彼らの自己肯定感は下降気味どころか、上昇し続けているように感じました。
 そして、私の眼には映らなかったものの、インカレ3日間国立競技場にいた多くの大学生の自己肯定感は確立されているものと信じています。
 それでなければスポーツの意義は見出せません。

 私は大学時代の4年間、西武池袋線にある「保谷」という小さな街を拠点に生活していました。「保谷」は東京教育大学陸上競技部とラグビー部の街といっても大げさではなく、「保谷」に住む住人が我々を空気のように扱ってくれ、見守ってくれていました。
 したがって、我々が空気となるためには“自治と自由”が必要でありました。
 我々は“自治と自由”という一見矛盾するような言葉を巧みに使い分け、自治とは何かを知り、自由の怖さを知りながら卒業してきたのです。
 とにかく素晴らしい学生生活だったと自負しています。大学のOB会とは別にある”保谷の会”に強い意義を持つ方が多いことはうなずけましょう。



                    体育会から学べること

 ここまで書いてきて、今どきの大学生の評価は人によって、立場によって大きく違うことに気付きました。
 
 若ものは昔から変わっていないのです。昔も主体性のない学生は存在したし、自己肯定感の低い学生もいたはずです。
 変わったのは、社会情勢や学生を取り巻く環境なのです。良くも悪くも、学生の適応力は強いということなのです。
 
 インカレの3日間、国立競技場にいた学生の多くは、その制度の違いの大きさはあろうものの、おおむね各大学の体育会組織に加入している者ではないかと想像しています。
 いまどきの大学生を考えるにおいて、数が少なくなっているとはいえ、スポーツを行う多くの学生は体育会というものを避けて通るわけにはいきません。
 
 体育会というと、その組織を白眼視する方がいます。また、生理的に受け付けない方もいるようです。著名なスポーツ評論家(本人はマルチ評論家と称しているようですが)などは、(表現が悪くて申し訳ありませんが)まさに糞味噌にこきおろしています。
 以前、興味を持って読んだ本に「文武両道、日本になし」(マーティ・キーナート著、加賀山卓朗訳)がありました。そこには、スポーツに命を懸ける若ものを批判し、皮肉る言葉が少なくありませんでした。表紙には「スポーツが変われば日本が変わる!」とまで書かれていたのです。
この本を読んでの私の感想は「一部の誤解されたスポーツ関係者の考えが変われば、スポーツが世の中に果たす役割も変わり、その結果日本も変わっていくであろう。」ということでした。 
 もともと、体育会的な発想には「縦の組織と横の組織が交錯しながら齢を重ねる」という特徴があります。その特徴を十分に理解し、自らの人生の中に組み込んで行けさえすれば体育会的発想の価値は上がることはあっても下がることはないはずです。
 
 そのようなことから、肯定的な見方で体育会の在り方を世に問うためにも、2人のメールを紹介します。


≪某大学体育会応援団OB(A氏)から≫

 先生に今の私の心境をお伝え申し上げます。

 (前略)
 「仕事とは、筋の通った理不尽をうまくやり遂げ、顧客に満足感を与え、対価をもらうものである」と、自分なりに定義しています。
 しかし、最近社内的に筋の通らぬ理不尽が多く、自分を高めていくという気持ちが全くありませんでした。
 しかし、先生のお話をお伺いしているうちに、
 「前向きな気持ちの前には敵うものはなく、その気持ちを持って進んでいくことで、『自分の心身が宇宙になる感覚』があるのかな」と感じました。
 また、学生時代を振り返ると、いつもそこには後輩がいて、後輩に負けないために、自分の思い描く先輩になるために、日々気持ちを鍛えていた自分がいたと思い出しました。
 今、会社の中にも自分にとっての後輩がいます。その者たちからみて、いい意味で筋の通った先輩でありたいために、自分に厳しく頑張っていこうと思いなおしました。
 
 この先輩に負けたくないからがんばる。
 この先輩に指導されるのであれば仕方がない。
 だから、その先輩が下級生のとき以上に頑張ろう。
 後輩に指導するためには、それ以上の事をしていなければならない。
 
 そんなことを考えていた学生時代でした。忘れていた気持ちを思い出させていただきありがとうございました。



≪某大学体育会野球部OB(B氏)から≫
 
 私の体育会運動部に関する思い、そして願いです。

●上級生の意見を絶対とする運動部では、毎年同じレベルのリーダーしか育たないはずです。そのような運動部では優秀な素材を持った者がリーダー候補から外されることがあるでしょう。
●指導者が主導権を握りすぎ、学生の自主性を尊重せずに活動を推移するような運動部では、真のリーダーは育たないでしょう。
●技術力=リーダーシップのような考えを持つ指導者が率いる運動部では、一人ひとりの部員の持つ底力を出すことは難しいでしょう。
●勝負勘のない指導者率いる運動部では、例え学生リーダーが高い感性をもっていても、その力は発揮されることなく終わり、そのような実態を知る多くの部員のやる気は下降するだけでしょう。
●運悪く怪我をした選手を戦力外としか考えられないような指導者率いる運動部では、組織としての総合力は著しく下降して行くでしょう。


 しかし、現実にはこのようなことが繰り返されているのです。体育会運動部という組織の中で、少しでも若者の力を発揮させ、若者の力を伸ばしてやりたいと考えるならば、以下のことが必要です。
1. 指導者が自ら資質を高めるように努める
2. 別人になったと思われるくらいに人間性を変える
3. 1.2が個人としてできないのなら、組織として指導者を変えなければなりません

 
 このような話は愚痴にしかならない、と言われるのは覚悟のうえです。しかし、組織として正しい考え、正しいやり方で体育会運動部が運営され、その中で心身共に鍛えられて卒業した学生は、社会に出てから社会の荒波を荒波と感じることなく生きていくことを信じています。
 上司の言うことに逆らわずに業務に従事する人間だから体育会の学生が好まれた時代があったようですが、そのことは今の体育会にも少なからず悪い影響を与えていることは否めません。
 体育会運動部の本質は大学の研究室と並び称されるくらいのものでなければならないのです!



 A氏は学生時代を思い起こすことにより、今の自分に自己課題をあらためて設定しています。
 B氏は学生時代からの体育会への思いを継続しながら生活する中で、体育会改革の必要性を訴えています。
 A氏、B氏ともに体育会への強い思いには全くブレが見られません。
 
 同じでした。私の時代のインカレと今年のインカレも。
 今年のインカレで出会った多くの若ものに、「今の若いものは…」などとはあまり言えそうもありません。
 むしろ、立場でモノを言ったり、その結果平気でネジレ現象を起こしているような、私を含めた問題多きオトナたちが若ものに何かモノを言うことができるのでしょうか。
 そのことは、オトナノ生キカタ在リカタ、が問われていることでもあるのです。

 オトナは“若ものの行動を、自分が住んでいる世界から見て判断してはいけない”ということを再考させられた今年のインカレでした。
 
 日本に、学校に、元気を与えるのはやはり若ものです。
 従順な後継ぎより、明日の日本を委ねることができる若きリーダーを大切にしていきたいものです。

 僭越ながら、本年度最初の職員会議で私から本校教職員にお願いした話を紹介し、今月のエッセイを終わりにします。

 「近年の国際化に対応できるような生徒として『自尊感情や豊かな心の醸成』『知性や教養の獲得』『心身の健康の保持増進』『体力の向上』『安全・安心への配慮』『人権意識の高揚』『環境問題への取組』等の力を身につけることは必須であるが、これらを併せ持った人としての総合力を一朝一夕に獲得させることは非常に難しい。
 もちろん、授業、各種行事、部活動等の学校生活で育むことは教師としての責務ではあるが、それ以上に大切なことは、生徒が自ら主体的・積極的に学校生活を送り、その中でそれぞれの項目に関する感動を体験することによって飛躍的に培われるものであると理解しておくことである。
 高校時代に多くの生徒が多くの場面で多くの感動体験を得られるような場や機会を意図的・計画的に与えられるように努めていただきたい。
 そのようなことの積み重ねが、本校の生徒にとって、高校時代だけでなく、将来にわたって真の生きる力になるはずである。」  
 

 
 新潟からの国体の帰りはひとり旅でした。
 旅の途中、うつらうつらしていると、今国体で見て、聞いて、話した多くの若きリーダーが夢に現れました。そして、彼らと親しく付き合う2人の私、それらを鳥瞰するもうひとりの私が現れました。
 「今の若いものは…」ということを否定する私の傍に、「今の若いものは…」ということを肯定する私が座って酒を酌み交わしているところを鳥瞰する私がいたのです。
 しばらくすると、私の身体から、ねっとりとした汗が滴り落ちてきました。
 そうして目覚めたのは、なんと大学時代の夏の合宿地「越後湯沢」だったのです。


 結びに牧水を弐句

  白鳥(しらとり)は 哀しからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ

  白玉の 歯にしみとほる 秋の夜の 酒はしづかに 飲むべかりけり



          
Vol.1 JUVY 創 設
Vol.2 理想の指導者とは
Vol.3 素晴らしき指導者
Vol.4 回顧・2005年
Vol.5 新春は箱根と共に
Vol.6 凛として颯爽と
Vol.7 眼のつけどころ
Vol.8 視点・感点
Vol.9 思い出に残る一言
Vol.10 新たなる旅立
Vol.11 JUVY誕生
Vol.12 春のスポーツシーズン到来
Vol.13 指導者としての実践力とは
Vol.14 ジュニアとシニア・その1
Vol.15 ジュニアとシニア・その2
Vol.16 わたしなりに言いたいことを…
Vol.17 「眼に見えない力」
Vol.18 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その1」
Vol.19 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その2」
Vol.20 「トーナメント・有限と無限の交差点」
Vol.21 「定石とひらめき」
Vol.22「合同練習会」
Vol.23「国民体育大会」
Vol.24「心・技・体」
Vol.25「再興」
Vol.26「神在り月」
Vol.27「修行」
Vol.28「言霊」
Vol.29「夢」
Vol.30「影響力」
Vol.31「健康」
Vol.32「我家の凜氣」
Vol.33「食」
Vol.34「インカレ」
Vol.35「2007年 JUVY TC前期総括」
Vol.36「今日まで、そして明日から」
Vol.37「国体関ブロ観戦記」
Vol.38「想いを文字で伝えるということ」
Vol.39「人間の運命について」
Vol.40「思いつくまま継走の如く」
Vol.41「広き世界」
Vol.42「スピード・スピード・スピード」
Vol.43「白と青、そして遊」
Vol.44「36−10」
Vol.45「この卯月に思ったこと」
Vol.46「スプリント」
Vol.47「”運”と”付”」
Vol.48「純粋にひたむきに」
Vol.49「オリンピックへの興味・関心」
Vol.50「ラストゲーム」
Vol.51「氣づき」
Vol.52「私見・学校というところ」
Vol.53「チーム」
Vol.54「遠征講習会」
Vol.55「蔵出し その1」
Vol.56「蔵出し その2」
Vol.57「Enjoy Baseball
Vol.58「ふるさと
Vol.59「夢舞台に向かって」
Vol.60「評価」
Vol.61(臨時増刊)「桂月・秋立つころ〜北上にて」
Vol.62「「古都・奈良でのはなし」
Vol.63「「今の若いものは・・・」

Circle-JUVY General Manager OKUZAWA Yasuo