Vol.62 2009. 9. 8.
【長月の八】
「古都・奈良でのはなし」

 
本年のインターハイは近畿地区で開催されましたが、雨の日が多く、インターハイらしくない天候続きでした。
 歩いて競技場に行くつもりでいた8月28日の練習も予定の時間になってもなかなか雨が降りやみませんでした。
 (どうしようかな)と迷っていたその時、黒沢尻北高校・千田先生から電話がありました。
 「先生、やみそうです。10分後にタクシーをそちらに廻しますから、一緒に行きませんか」
 「いや、準備はできているので私がそちらに歩いていきます」
となり、タイミング良く雨のやんだ奈良の街を歩き始めたのです。
 タクシーは一方通行の細い道を選んで競技場に向かいました。
 実は、その道が古都・奈良の風情を残す道だったからこの話に発展していったわけです。
 なぜなら、タクシーが私の宿舎を廻ったら、太い通りを走り競技場へ向かうはずなので、私の眼に映るロケーションが全く違ったはずだから、これからの話は出なかったと思われるからです。
 
 すべてが“偶然そして邂逅”なのでしょうが、これが運命を大きく変えていくことを知る必要がありそうです。
 
 私は、その時の車内での会話を第2学期始業式の校長講話の題材にしました。以下要旨です。
 

 
 栃木県立鹿沼東高等学校平成21年度第2学期始業式校長講話
 
 夏休みは昨日で終わりました。
 今、夏休みを振り返ってみて、計画どおりに納得できる夏休みが過ごせた人、反省の必要がある人、「まあまあ」と答える人といろいろでしょう。
 1学期の終業式で話した、夏休み中の生活習慣はいかがだったでしょうか。朝起きる時間が不規則になっていた者にとって、学期初めは結構厳しいものとなりそうです。まだまだ残暑は続くことが予想されますが、2学期は確かに始まったとのだ、という自覚を持たなければなりません。早々に学校を中心とした生活となるよう、ペースを戻してください。
 
 さて、今年の全国高校総体は近畿圏を中心に開催されましたが、私も栃木県選手団の副団長として奈良に1週間ほど滞在しました。
 私が応援した競技は陸上競技と弓道でしたが、本校の代表は常にスポーツマンシップを発揮し、本校の代表として立派な戦い方をしてくれたことを、栃木から応援してくれた諸君に報告します。
 
 競技の話は出場者に聞いてもらうことにして、今日は、総体中に乗ったタクシーの運転手さんから聞いた話をします。

 

 8月28日、雨の中、開会式が開催されました。私も参加しましたが、全身ずぶぬれになってしまいました。その日予定されていた、陸上の公式練習開始時刻の3時までに時間があったので、宿舎に戻り着替えてから出直すことにしました。
 3時前になりましたが、雨が降り続いていたので、タクシーで会場に向かうことにしました。
 話とはその時の運転手さんから聞いた話です。
 

 車中、私は、
 「奈良や京都は空襲をよく受けなかったものですね。」
 と聞きました。
 すると、
 「フェノロサのおかげです。」
 と運転手さんが言うのです。そして、運転手さんは続けました。
 「フェノロサが日本の寺院、仏像、浮世絵などのさまざまな文化財保護に立ち上がってくれたからです。そのことを、母国アメリカでも訴え続けたからこそ、アメリカの軍部は空襲をしなかったのではないでしょうか。」
 同乗した先生と私は、「フェノロサが薬師寺の東塔を『凍れる音楽』と評したのではないか」という話を思い出し、そのことを運転手さんに話すと、運転手さんは本当に喜んでくれました。


  日本人よりも日本美術を愛した男、フェノロサは1853年にアメリカで生まれ、ハーバード大学を首席で卒業、25歳の時に来日、現在の東京大学で哲学や経済学を教えていましたが、もともと興味を持っていた日本の美術に深く心を奪われていったそうです。
 フェノロサは、「日本では全国民が美的感覚をもち、庭園の庵や置き物、日常用品、枝に止まる小鳥にも美を見出す」と感じていながらも、「明治維新後の日本は盲目的に西洋文明を崇拝し、日本人が日本美術を大切にしていない」ことも感じていたようです。
 そして、そのことに強いショックを受け、日本美術の保護に全身全霊をかけて立ち上がった人です。
 

 この話から、我々が学ぶことがいくつか浮かびあがります。
 

 まず、フェノロサが悲しんだ、『やたら西洋文明だけに価値観を見出さず日本独自の文化をもっともっと大切にしなければならない』ということです。
 我が国の文化を大切にするということは、われわれの身の回りにあるものを大切にすることからはじまります。それは古いものや有名なものだけを大切にするということではありません。
 例えば、本校のシンボルである“流汗吾道の石碑”がそうです。素晴らしい“中庭”もそうです。それらのものは、鹿沼東高校の文化財として、鹿沼東高校が存続する限り大切に残さなければならないものなのです。
 
 ついで、フェノロサが感じた、『日本人の持つ感性の素晴らしさを再認識しなければならない』ということです。
 それは五感で感じたことを少ない文字で表す俳句でも同じことが言えると思います。5・7・5の17文字で表す俳句には、季語があり、切れがあり、余韻さえあります。
 日本人はそのようなことを多くの場面で感じ、こまやかに表現してきたこと、表現できることに誇りをもたなければならないのです。
 
 最後は、僭越ながら私が感じた、『生活の中にある、なにげない教養を大切にしなければならない』ということです。
 タクシーの運転手さんが「フェノロサは奈良の恩人である」と思っていなければ、この話はなかったはずです。そして、このような説明が自然に出てくることを“教養がある”というのではないでしょうか。教養はひけらかすものではないはずです。人が生活していく中で、知っていることを何気なく使えるからこそ教養というのではないでしょうか。
 われわれが学ぶというと、つい目先の役にたつこと、―諸君なら進学のためになること―、だけが頭に浮かんでしまいがちですが、生涯にわたって生活に役立つ、生活に潤いが生まれるようなことを、身につけていくことも“大切な学び”と言えるのではないでしょうか。
 

 古都・奈良で偶然出会ったタクシーの運転手さんとの対話から、私は今話した3点を感じ、そこからもう一度自分を見つめ直すことができました。
 ちょっとした会話でも、“相手を尊重し、話の中味を大切にするよう心がける”だけで、何かに気づき、感性を磨くことができることを知らせたかったので、今日はこのような話をしたわけです。
 

 2学期は1年で最も長い期間の学期です。学校行事も次々にあります。うっかりするとあわただしさに流されて、大切なことに気付かずに生活してしまうことが心配です。
 諸君は“小さなことに気づき、気づいたことで直すべきものを感じたらすぐに実行し、小さな気づきの積み重ねが人間を大きく変えていく”ということを信じて日々過ごしてください。
 
 諸君にとって、素晴らしい2学期となることを期待して私の話を終わります。

          
Vol.1 JUVY 創 設
Vol.2 理想の指導者とは
Vol.3 素晴らしき指導者
Vol.4 回顧・2005年
Vol.5 新春は箱根と共に
Vol.6 凛として颯爽と
Vol.7 眼のつけどころ
Vol.8 視点・感点
Vol.9 思い出に残る一言
Vol.10 新たなる旅立
Vol.11 JUVY誕生
Vol.12 春のスポーツシーズン到来
Vol.13 指導者としての実践力とは
Vol.14 ジュニアとシニア・その1
Vol.15 ジュニアとシニア・その2
Vol.16 わたしなりに言いたいことを…
Vol.17 「眼に見えない力」
Vol.18 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その1」
Vol.19 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その2」
Vol.20 「トーナメント・有限と無限の交差点」
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Vol.34「インカレ」
Vol.35「2007年 JUVY TC前期総括」
Vol.36「今日まで、そして明日から」
Vol.37「国体関ブロ観戦記」
Vol.38「想いを文字で伝えるということ」
Vol.39「人間の運命について」
Vol.40「思いつくまま継走の如く」
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Vol.42「スピード・スピード・スピード」
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Vol.46「スプリント」
Vol.47「”運”と”付”」
Vol.48「純粋にひたむきに」
Vol.49「オリンピックへの興味・関心」
Vol.50「ラストゲーム」
Vol.51「氣づき」
Vol.52「私見・学校というところ」
Vol.53「チーム」
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Vol.59「夢舞台に向かって」
Vol.60「評価」
Vol.61(臨時増刊)「桂月・秋立つころ〜北上にて」
Vol.62「「古都・奈良でのはなし」