Vol.60(2009. 8. 8.)
【葉月の八】
「評価」

 評論家

 「評論家にはなるな!」
 生前の中村清先生が話していた言葉です。
 
 広辞苑によれば、評論家とは『物事の価値・善悪などを批評し、論じる人』ということです。
 
 物事の価値や善悪を個人(評論家)の価値観で決め、勝手に論じられ、それが世論に受け入れられたりすれば、信念に基づいた指導も悪にされかねません。
 そうなると、信念に基づいた指導を展開していると思っている指導者にも迷いが生じ、自信をなくし、指導の勢いが衰えることにもつながります。そして、いつのまにか小さな指導者になってしまい、選手の能力を最大限引き延ばすことができなくなることも考えられます。
 「本当に競技を愛するなら、そのような原因を作る評論家になってはいけない。」と中村先生は言いたかったのかも知れません。

 そのころ中村先生は、「予想屋になるな!」とも言っていました。
 ホースレーシングの好きな私には耳の痛い話ですが、「競馬の予想屋が馬券をあて続け、家を建てたなどということは聞いたことがない。」ともおっしゃっていました。
 いずれにせよ、
 「評論家や予想屋では選手を育てることはできません。選手を『見つけ、育て、生かす』ということは、本当に厳しいものです。全身全霊、命懸けでやっている人間に対して、無責任なことを言ってはいけません。」と言いたかったのだと思います。
 
 私も時には評論家になっていることがないわけではありませんが、個人の楽しみの範疇での評論・予想はお許しいただけないと、野球も競馬も箱根駅伝も味気ないものになってしまいます。そのようなことは、スポーツ観戦をする際の楽しみの一つだからです。
 

 
学校評価

 現在、学校では『学校評価を行い、その結果に基づき学校運営の改善に向けた措置を講じ、その結果を広く公表する』ことが求められています。
 学校評価を行う上で、システム上『自己評価』と『学校関係者評価』そして『第三者評価』を総合的に見ていくことになっています。

 学校評価制度は、私が行政に勤務している間にできた制度です。
 10数年前に現場で指導していたころは、教師と生徒が自己評価と相互評価を実施することあたりが先端でした。
 とは言っても、現実では“教師からの評価だけが全て”といった旧態依然の評価方法が多くの学校現場に残っているのではないでしょうか。
 例えば、部活動などは前述のような評価形態から抜け出すことができないようです。部活動は顧問の力が大きく、学校の中では知らず知らずのうちに独立した存在になっています。学校という組織の中でそれではいけないはずなのですが、評価者を置き、評価者からの評価意見を聞きながら部活動を運営していくなどということはあまり考えられていないようなのです。
 “指導者からの評価だけが全て”と教え込まれている部員を相手に部活動を運営してきた指導者にとって、“相互評価をしながら、第三者にも評価してもらう”、などというやり方は全くの別世界と考えられてもいたし方ないでしょう。いつごろまでかその線引きはできませんが、私もそのような存在でした。
 
 実は、昨年度行政職から教育職に戻り、学校評価制度をいきなり体験した私にとって、好き勝手なことを書き込む生徒や保護者に辟易したこともありました。顔が見えなければ何を書き込んでもOKという、人権無視、気遣いなし、自己中心主義の卑怯極まりない風潮が学校評価アンケートの中にも見られたからです。
 しかし、一見中傷意見と思われる中にも、当たり前のことを指摘してくれている内容のものも少なくありませんでした。
 そのような体験をした私は、学校評価制度は教育活動や学校運営に有益であると捉えると同時に、“学校評価制度は管理職や学校評価委員会が取り組むもの”という考えから脱却し、“全職員があらゆる場面で取り組めるようしていくものである”と考える段階にきていると感じました。

 ただし、難しい課題も残っています。
 評価者の意見を聞かなければ妨害する、訴える、などといった類の意見が混じらないとも限らないからです。また、一般論や実態を無視した理想論での意見も困ります。学校という教育現場における「自治や自由」がなくなってしまうおそれがあるからです。



 私見部活動評価  

 前章でも申し上げましたが、学校評価では部活動運営について『特だし評価』することはないでしょう。
 しかし、『評価とは目標にどこまで迫りうることができたかを判断するもの』であるならば、部活動の評価もしっかりと受け、改善に向かって進める必要があるはずです。
 そこで、以下のような事を部活動評価の一助として考えていただくことを提案します。

@ 学校におけるさまざまなレベルの目標の下位に部活動の目標を入れましょう。
 例えば、校訓〜生徒指標〜教育方針〜努力目標というラインの中で、すなわち学校の教育目標からはみ出ることなく、どのような部員に育ってほしいかを明らかにしたうえで、具体的な課題や目指すべき目標を設定することは部活動が学校教育の一環でおこなわれていることをアピールするうえで役立ちます。


A 部活動評価をしてもらう場を設定しましょう。
 例えば、『顧問と部員が本音で話し合う場』『顧問と担任が情報交換を通して評価をする場』『顧問と保護者が課題や目標を明確にし、それらについて評価をする場』『後援会やOB会からの意見を評価として活用できるような場』などは、部活動をあらたな観点から見つめなおすことに役立ちます。


B 上記の場で出された評価を分析し、部活動の改善に生かすとともに、外部の方々の理解と協力を得るような方策を積極的に進めましょう。
 例えば、練習計画に関する評価は顧問(部長・監督・コーチ等)が部員のために設定するものですが、保護者の理解も必要です。また、練習を公開することは第三者から評価を受けるためには必須の条件であり、開かれた部活動つくりに役立ちます。


C 評価の流れはPDCAを基に行い、毎年スパイラル化の実現を図りましょう。
 例えば、『年間計画を説明し、目標を提示する』ことはPlanであり、『試合結果の報告』はDoであり、『評価の場の設定』はCheckであり、『評価の公表と改善策の明示』はActionとなります。
 そのような流れを子どもたちが知ることは、子どもたちにとってもこれからの生き方に役立ちます。



 「そのようなことはやっている」と反論される方々でも、どこかでラインが切れている可能性があります。再検討してみることを勧めます。


 それでは、クラブチームとしてのJUVYは学校の部活動の中でそのような存在となったらよいのでしょうか。
 
 現在の社会情勢におけるクラブチームは部活動と連動した活動方針を立てるべきです。“時には関係者評価として生かしていただき、時には第三者評価として評価を受け入れていただくこと”で、その存在を意識していただくことが目指す道ではないでしょうか。
 そのためにも、学校の顧問団との連携を強烈に推し進め、信頼されていくことが最も大切なことなのです。JUVYには県外からも多くの方々がやってきてくれますが、「言葉には出さずとも、そのような関係が構築され始まっている」と言ったら、言い過ぎでしょうか。



 大学評価

 私の現役時代のころから、『高校と大学の関係』は取りざたされていましたが、おそらくそれ以前からの問題ではなかったかと思います。
 そのようなことは、『小〜中』『中〜高』の関係にもみられますが、互いに評価内容を公にすることはタブーとされてきたからか、勇気ある少数派の意見も正当な意見として日の目を見ることはなかったようです。
 私も係わり某機関が作成した“望ましい児童のスポーツ活動マニュアル”などは、おそらく本気で見て、本気で実行しようなどという指導者は少なく、「現場では役に立っている」などとは言い難いようです。
 一貫指導は今後も続くテーマでありましょうが、同時に一環指導も考えなければ、このような問題を解決する道は探せないようです。
 
 6月に宇都宮大学・遠藤忠教授の講演を伺いました。その時印象に残った内容から、私の大学に対する考えが鮮明になってきました。
 
 その話とは、
 「1872年、『学制』公布。教員は学年固定の配置であった。ただし、新規採用教員は低学年を受け持ち、毎年同学年を教える、というシステムである。
 教員の持ち上がり配置は1890年ころに提案されたが、持ち上がり法が望ましい教員配置方式と現場で認められたのは1900年のことである。」

 という内容です。
 
 その話を聞いた私は、いままでのもやもやは吹っ飛びました。
 そのもやもやとは、(日本の教育史を再検討しなければ真の大学評価制度などはできないし、われわれスポーツ指導者の中でも永遠に大学指導者の優位性は消え去らない)ということでした。
 
 『学齢と指導力の相関を重要視していた学制公布のころから、高学年を受け持つ指導者が優秀であるというピラミッド型の指導者評価の価値観が作られたのではなかろうか。
 また、そのようなことに抵抗を示す人もさして存在せず、その考えは、大学指導者は何事においても優秀であるという価値観が社会的通念として生まれ、存在し続けてきたのではなかろうか。』
  
 つまり、“教育内容が高度になればなるほど教授する人の能力は高く、社会的なスティタスも高い”という概念が成立し、そのようなことが継承されてきたのではないかということです。
 
 さて、大学評価の話に戻ります。
 大学に対し、第三者機関による外部評価が義務づけられたらしいのですが、第三者評価機関は大学関係者による相互評価を基本としているようです。
 なぜ、高校では第三者評価を高校関係者以外の方々にお願いしているのに、大学では大学関係者以外の人間を評価機関に入れないのか不思議でしかたありません。
 
 高校の部活動については先述しました。そこで、大学の運動部についても触れてみたいと思います。
 大学の運動部は外部からの評価を受ける機会は高校に比べさらに少ないところであるように、私の眼には映ります。
 高校時代の指導者にとって、自分から巣立った学生が充実した学生生活を送り、確実に成長しているかどうかを知ることは、親と同様、真剣な問題です。
 つまり、“教え子がどのような指導を受け、どのようなテーマの研究を行い、卒業後社会に還元できるようなことをしているのか”などといったことは高校の指導者にとって最大の関心事なのです。
 高校では、弱い選手だからといって放っておくことなど、とうていできませんが、大学ではどうなのでしょうか。競技力が低い選手や高校時代に比べ競技力が落ちた選手をどのように考えているのでしょうか。
 
 “ある子どもが目指している大学は授業料に見合った内容の教育を受け、研究をすることができるのか”という命題は部活動の顧問に限らず、高校の進路指導における大きな問題なのです。
 

 「高校時代の指導法が大学に来てから伸びない原因です。」
 「あの選手は馬鹿だから伸びるはずありません。」
 「高校時代の指導者は何も言わないでください。今は我々の選手です。」
 「OBは経済的支援だけで結構です。選手が迷うようなアドバイスはやめてください。」

 このような話は、スポーツ界では日常茶飯事です。
 本当に高校時代の指導が悪かったのでしょうか。
 本当に全人格、全能力を否定できるのでしょうか。
 本当に高校時代の指導者が口を出すと、選手は強くならないのでしょうか。
 本当に外部の者がアドバイスをすると選手は迷うのでしょうか。
 どなたか検証してください。
 

 
 願わくば
 
 1992年4月1日から1年間、私は筑波大学に単身赴任し、内地留学をさせていただきました。
 その一年間、「大学を評価しても差し障りのないようなシステム作りを構築すべきだ」と、多くの場面で何度となく訴えかけましたが、あまり相手にされなかったと記憶しています。
 
 しかし、たった一人宮下憲先生(現・筑波大学体育センター長)だけは違いました。田舎の高校教師の意見に耳を傾け、そして受け止め、しみじみと話してくれたのです。
 
 「大学の教師はいきなり大学の教師にならず、一度高校の教師を経験すべきなのかもしれない。そうでないと、学生の本質はつかめないのかもしれないな。」


 2009年全国高等学校総合体育大会陸上競技大会

 『黒沢尻北高校(岩手)の4×100mRチームは戦前のランキング43位で全国の強豪に挑み、見事予選を通過、準決勝の記録順では19位までランキングを押し上げた。』
 そんなことは、第三者からみれば評価には値しないことかもしれません。しかし、そんなことを人知れず素直に喜んだ千田という先生がいました。

 『盛岡南高校は4×100mR戦前ランクは17位であったが、決勝に駒を進め7位に入賞したばかりか、400mを専門とする選手がいないにもかかわらず4×400mRで4位となり、2年連続の入賞を果たした。』
 岩手県高校陸上競技史上大変な偉業を達成しながら、「リレーならそういうこともあるのではないか」という意見にも動ぜず、あくまでも選手を前面に出すという謙虚な態度でインターハイを終えた小池という先生がいました。

 『海外遠征から帰ったばかりのエース籾木君の体調が悪いのを承知で大会を迎え、そして終えた宮崎工業高校の選手たちがいた。』
 そのようなチーム事情にも言い訳ひとつせず、自らを叱咤激励しながら最後の最後まで子どもたちを励ましながら戦い続けた稲垣という先生がいました。

 『フライング失格を告げられ「自分は音を聞いて出た」と信念を貫きながらも、何事も言わず、深々と頭を下げてトラックを去った札幌第一高校の品田晃宏君』
 その姿を見て、言い訳もせず、抗議もせず、黙して涙する家族がいました。
 
 上記4点について無責任なメールが私のもとにも何通か届きました。もちろん応えていません。

 そして、私が北海道や岩手や宮崎の関係者とはつゆ知らずの評論家諸氏に競技場でたくさんお会いしました。
 本当に悲しいことです。その評論家諸氏の中には大学の指導者も数多く含まれていたのです。 
 本当にうれしいことです。評論家にはならず、彼らの将来性に思いをはせる青戸という大学の指導者がいたのです。

 
 今回勝手にお名前を出させていただいた千田、小池、稲垣先生をはじめとする指導者や高校生、そしてその御家族の気持ちをわかっていただいた上で大学の関係者は勧誘活動をしてほしい、選手指導をしてほしいと願いつつ、今年のインターハイに別れを告げNext-Stepとすべく北上の地に合宿に向かいます。

 その北上では小・中学生を対象とした陸上競技教室が企画されています。
 「それならおまえは小・中学校の指導者になれるのか」
 という逆命題を突きつけられた気持で、
 まだ名もない選手との出会いを通し、
 「おまえは本物の指導者か」
 ということに対して自己評価してきたいと思います。



         
Vol.1 JUVY 創 設
Vol.2 理想の指導者とは
Vol.3 素晴らしき指導者
Vol.4 回顧・2005年
Vol.5 新春は箱根と共に
Vol.6 凛として颯爽と
Vol.7 眼のつけどころ
Vol.8 視点・感点
Vol.9 思い出に残る一言
Vol.10 新たなる旅立
Vol.11 JUVY誕生
Vol.12 春のスポーツシーズン到来
Vol.13 指導者としての実践力とは
Vol.14 ジュニアとシニア・その1
Vol.15 ジュニアとシニア・その2
Vol.16 わたしなりに言いたいことを…
Vol.17 「眼に見えない力」
Vol.18 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その1」
Vol.19 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その2」
Vol.20 「トーナメント・有限と無限の交差点」
Vol.21 「定石とひらめき」
Vol.22「合同練習会」
Vol.23「国民体育大会」
Vol.24「心・技・体」
Vol.25「再興」
Vol.26「神在り月」
Vol.27「修行」
Vol.28「言霊」
Vol.29「夢」
Vol.30「影響力」
Vol.31「健康」
Vol.32「我家の凜氣」
Vol.33「食」
Vol.34「インカレ」
Vol.35「2007年 JUVY TC前期総括」
Vol.36「今日まで、そして明日から」
Vol.37「国体関ブロ観戦記」
Vol.38「想いを文字で伝えるということ」
Vol.39「人間の運命について」
Vol.40「思いつくまま継走の如く」
Vol.41「広き世界」
Vol.42「スピード・スピード・スピード」
Vol.43「白と青、そして遊」
Vol.44「36−10」
Vol.45「この卯月に思ったこと」
Vol.46「スプリント」
Vol.47「”運”と”付”」
Vol.48「純粋にひたむきに」
Vol.49「オリンピックへの興味・関心」
Vol.50「ラストゲーム」
Vol.51「氣づき」
Vol.52「私見・学校というところ」
Vol.53「チーム」
Vol.54「遠征講習会」
Vol.55「蔵出し その1」
Vol.56「蔵出し その2」
Vol.57「Enjoy Baseball
Vol.58「ふるさと
Vol.59「夢舞台に向かって」
Vol.60「評価」

Circle-JUVY General Manager OKUZAWA Yasuo