Vol.6 (2006.1.23)
【睦月・大寒】  凛 と し て 颯 爽 と

昨年11月に日本陸連の派遣で鳥取県の中・高生を対象とした陸上教室に行ってきました。私は、知らない街を歩くのが好きで、旅行や遠征(合宿)に行くと時間を見つけて、「走り・歩き」をし、いろいろな事を見聞します。鳥取と言えば砂丘が有名ですが、私は別のものに感動しました。それは、群馬大学の山西哲郎先生をはじめ多くの著名人が学ばれた鳥取県立鳥取西高等学校の周辺を歩いたときのことです。まさしく、鳥取西高校そのものに感動を覚えたのです。こんな素晴らしい雰囲気を持った学校があるのかと…。

平成16年度の慶應義塾の応援指導部のリーダーはY君でした。私は神宮球場に行くたびに、慶応側応援席から慶応義塾に元気を与える彼の応援指導ぶりに見入っていました。
ある日、意を決し「君はどこの高校の卒業生か。」と尋ねると、
「鳥取西高校です。」と、直立不動の姿勢で、私の眼を見て応えてくれました。

抽象的で申し訳ありませんが、スポーツの勝敗はグラぅンドに広がる魂の質量で決まるようなところがあり、魂とは1人1人の生き様の集大成のようなものと考えています。

鳥取西高を見た瞬間、彼が神宮球場応援席(卒業式のステージでも魅せてくれましたが)での姿が思い起こされ、この学校の卒業生なら「ああなるな」と思ったわけです。それほど、伝統というものが嫌みなく学校全体を覆っており、卒業生はまさしく、「凛として颯爽と」生きていくような、素晴らしい氣が感じられる学校でした。

「それは鳥取城跡内にある学校だからですよ」と、OBで、現八頭高校のN氏。しかし、私には、そのようなところに学校があるということに対して、全く違和感がないばかりか、その強烈な存在感は浮き立つことなく、むしろ、自然に感じました。

実は、このテーマは鳥取から帰ってすぐに書きたかったのですが、2ヶ月程経過してしまいした。しかし、鳥取西高校の素晴らしい印象は少しも衰えていません。



そこで、今回は、私の出会った若者の、凛として颯爽とした姿を思い起こしてみたいと思います。拙い文ではありますが、臨場感を持って読んでいただければ、と思います。

参考までに広辞苑で【凛】と【颯爽】を引くと以下のように出ていました。

【凛】寒さがきびしいこと。きりりと身のひきしまるさま。

【颯爽】人の態度・行動などが、勇ましくさわやかに感ぜられるさま。

 例えて言うなら、凛として颯爽としたさまとは、「寒い冬の朝、陽光をあびて『さあ、これからやるぞ』と立つ若武者」のようなものではないでしょうか。宇宙(上・神)から力をお預かりし、その力を発揮する人、まさしく正義の味方の如くであります。そんな姿を見て自分の気持ちが明るくなるばかりか、スキッと引き締まらないわけはありません。
 
 1983年、関東学生選手権100m準決勝。彼はスタートライン後方のコース案内台に悠然と腰を下ろしていました。スターターの笛の音とともにスックと立ち上がったときの立姿、顔。「さあ、走ってやろうじゃないか。怖いモノは全て振りはらったよ。」彼はせん光のようなスタートダッシュで先頭に立ち、90m付近からは、歩いてフィニュッシュしたのです。それでも、彼を抜き去るどころか、追いつく選手はいませんでした。
彼、明治大学競走部主将・新里敏幸君。

 1983年、関東高校陸上4×400m決勝。この種目2連覇をかけ、佐野高校の第3走者は茨城県立多賀高校と争いながらバックストレートに先頭で入っていきました。彼は、戦局を見ながら、両手を組み、大きく背伸びした後、ゆっくりとリレーの出発線に歩き出しました。そして、出発線についた彼は両手の指を胸の前で合わせ、深呼吸を一度。そして、「我校が負けるはずがない!」と悟った澄んだ眼で、先頭でバトンを受け取り走りはじめました。ピタリと食らいつく多賀高校。しかし、さらに余裕を持ちながら走る彼。2連覇達成。
 彼、佐野高校陸上競技部主将・島田嘉紀君

 1998年、大阪国体少年Aやり投予選。その一投目。1・2コーナーの中間にあるやり投げピット。トラック走路の奥深いところに立ち、投擲方向を見つめる彼。さっと上がる白旗。審判から準備完了の指示が出たのです。やりを頭上にかかげた後、一度やりを引き、再び頭上に戻し、眼をキリリと見開き、「行きます。」と叫び、すごい勢いで走り出した彼。やり投げ選手としては決して大きくない身体から投げ出された800gのやりは、見事な放物線を描いて68m前方の芝生の上に突き刺さりました。
 彼、栃木県代表(宇都宮東高校)・安田淳君

 2003年、長崎インターハイサブトラック。100mに出場する彼は、予選のウォーミングアップを前に北海道選手団控のテントにいました。100mに出場する選手がウォーミングアップを次々と開始する中、私は彼の父親と、彼が現れるのをじっと待ちました。そして、彼はテントから出てきました。2年前そして1年前のインターハイ、国体とは別人の彼が、まさしく、凛として颯爽と登場したのでした。それもそのはず、3週間前の世界ユース選手権走幅跳で優勝し凱旋帰国した彼は、日本が世界に誇れる選手になっていたのです。
 彼、札幌市立国際情報高等学校・品田直宏君

 上の4場面だけで現れた若者が、凛として颯爽としていたというわけではありません。紙面の都合上、JUVY会員の中からセレクトしたわけで、紹介したい場面は山ほどあります。(ご要望があれば、他の感動話も御紹介します。)当然、毎試合ごとにそのような場面には出会っているわけなのですが、強烈なインパクトを与えてくれるのは、良い意味での自信に満ちた状況で、緊張感が選手を支配している場面に限られることは否めません。

そういうことを考えると、そのような人間と何らかの関係がなければ、見ているだけで観えない、すなわち、血が沸騰するような感性で相(愛)対することができないわけですから、人と人との出会いや巡り合わせ、そして深い親交とはすごいものだと思います。

 ところで、前述の品田君がスタジアムではなく、ウォーミングアップの時でも、凛として颯爽とした姿を見せてくれたと書きましたが、この場面は試合直前でありました。しかし、私は試合直前でない場面でも凛として颯爽とした姿を見たことがあります。

 1985年5月、私は神宮外苑にいました。隣には中村清先生、別所功さん(Book informationに紹介)、村尾真悦君(早稲田の名マネジャーとして有名)。
「奥澤先生、明日瀬古は日本記録を出しますよ。今日の練習をみておきなさい。」と中村先生。しばらく雑談をしていますと、瀬古利彦選手が練習するために歩いてやってくるのが見えました。練習に来るにも、まさしく凛として颯爽と現れ、練習が終わると、挨拶〜説教、そして、凛として颯爽と去っていきました。翌日日本新記録。


 2004年9〜10月。明治神宮野球場。試合が終了すると、ベンチに入っていた者がミーティングを終え、シャワーを浴び、着替えてスタジアムから出てくるのを関係者やファンは出口で待っています。うす暗い通路から、慶応の選手が次々と出てくる中、明治OBの新里敏幸氏「慶応の選手は凛としている」、松永元氏「慶応の選手は颯爽と現れる」。試合の後でも凛として颯爽と現れることができるのはリーグ戦という、息の抜けない試合が続くからでしょう。それにしても、うれしかったのは、その若者の中の一人に、愚息次男高広が入っていたからです。親のひいき目であることには違いないのですが、確かに、グラゥンドのユニフォーム姿より、次の試合を視野に入れて帰途につく学生服姿は凛として颯爽としていました。慶應義塾2004年明秋東京六大学野球リーグ戦優勝。

私はスポーツに係わってきましたので、スポーツ関係者、それも若人の凛として颯爽とした姿にお目にかかることが多いのは当然です。しかし、あらゆる分野で光輝満つる方々はいるはずです。皆さん、人生を明るく有意義に生きて行くことの一つに、凛として颯爽とした人間を拝ませていただくこともあるのではないでしょうか。

愚息長男将司は立教大学野球部の大先輩長嶋茂雄氏を「あれほどのオーラを持っている人にあったことはない」と言い切ります。オーラある人は、凛として颯爽としているように見えるのは当然ですが、存在そのものが周りの人々に元気を出させるのかもしれません。



1月17日〜19日、鹿児島に出張で出向きました。ご存じの方もいらっしゃると思いますが、鹿児島市の中央には、西郷さんが「もうよか」と言って自決した城山があります。

私の脚で麓から往復40分程度の高さですが、まだ鹿児島の外は真っ暗な朝6時30分、散歩に出向いた頂上の広場に、多くの年配の方々がお集まりになっていました。当然山頂にはホテルしかありませんから、皆さん下から登ってきたわけです。何のためにお集まりなのでしょうか。おわかりの方もいらっしゃると思います。そうです、ラジオ体操です。遠征先で朝の散歩をしていると、ラジオ体操風景にはよく出くわしますが、山頂でのラジオ体操風景は初めてでした。

前の職場のスポーツ振興課時代に含蓄ある言葉を聞いたことがあります。「こうして元気にラジオ体操に来られるのも、ラジオ体操のおかげです。」そんな言葉が思い出される、ラジオ体操風景でした。そして、大きな声で挨拶をいただきました。外は雨だということをすっかり忘れ、傘をささずにしていた私の散歩は気分の良いジョッグに変わっていました。おかげで集合時間の8時ぎりぎりとなり、朝食を3分ですまさなければなりませんでしたが…。

こんな人に会えてよかった、と思う心を持ち、思われる行動や態度ができる人間として生きて行ければと思います。
JUVYの会員は若者だけではありません。
JUVYの男性会員の皆さん、「凛として颯爽と」
女性会員の皆さん、「凛として、美しくしなやかに、そして爽やかに」


次回は【如月・雨水】、テーマは「眼の付け所」です。



Vol.1 JUVY 創 設
Vol.2 理想の指導者とは
Vol.3 素晴らしき指導者
Vol.4 回顧・2005年
Vol.5 新春は箱根と共に
Vol.6 凛として颯爽と
Vol.7 眼のつけどころ
Vol.8 視点・感点
Vol.9 思い出に残る一言
Vol.10 新たなる旅立
Vol.11 JUVY誕生
Vol.12 春のスポーツシーズン到来
Vol.13 指導者としての実践力とは
Vol.14 ジュニアとシニア・その1
Vol.15 ジュニアとシニア・その2
Vol.16 わたしなりに言いたいことを…
Vol.17 「眼に見えない力」
Vol.18 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その1」
Vol.19 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その2」
Vol.20 「トーナメント・有限と無限の交差点」
Vol.21 「定石とひらめき」
Vol.22「合同練習会」
Vol.23「国民体育大会」
Circle-JUVY General Manager OKUZAWA Yasuo