Vol.58(2009. 6. 8.)
【水無月の八】
「ふるさと」


帰郷
 
 学生時代、東京方面から帰郷するには主に浅草駅を利用した。上野駅を利用することは滅多になかったが、僚友品田君が北海道に列車で帰省する時は、必ず小山駅まで付き合った。彼の帰省に要する時間を考えれば、上野〜小山などは一瞬の時間にすぎない。
 長時間ほぼ同じ姿勢でいることは一種拷問である。体の節々は痛くなるであろうし、札幌駅のホームに降り立った瞬間の解放感は筆舌には尽くしがたいものであったろう。
 
 大学2年の県選手権の前日、帰郷には滅多に利用しないはずの上野駅のホームを歩いていると、
 「おい、奥澤」とボックスシートの窓から顔を出して呼ぶ男がいた。高校時代に同じ短距離をしていたUH高校出身のSである。
 「俺はこんな生活だよ。これだも、出ても走れねべ」と照れくさそうに笑い、続けた、
 「大学に行ってから初めての試合だし。去年は一度も出てねぇんだよ。ところで、明日は何に出るんだ?調子はどうなんだい?」と缶ビールを片手に聞いてきた。
 「明日か?明日というより、2日間で100m、200m、400m全部出てみる。調子はやってみないとわからない。調整なしで出るから。」と答えた。
 私はSの変わりように驚きながら、もう少し話してもよいはずなのに、それだけの会話で別れ、別の車両に乗り込んだ。
 事実、もう少し話すこともあったのかもしれないが、当時の私にとって高校時代のライバルが、翌日試合があるのに前日の昼間からビール、に耐えられなかったのである。
 
 翌日Sは競技場に現れなかった。
 あのまま勢いがついて飲みすぎたのかもしれない。今の私ならそんな気持がわからないでもない。しかし、当時の私はまだ他人の生き方に寛容な心をもってみることはできなかった。
 
 あの時以来Sには会っていない。噂では宇都宮でフランス料理店を経営しているらしい。一度会って、あの日県選手権になぜ来なかったか聞いてみたい。
 そのことを彼が覚えていればの話しだが…。
 
 ふるさとの 訛なつかし 停車場の 人ごみの中に そを聴きにゆく
 
 啄木は帰るに帰れない故郷を思い、岩手訛を聴きに上野駅に行ったのであろうが、経済的にも、時間的にも、簡単に故郷に帰ることができた私には、利用するという現実的なものとしてしか停車場を感じ取っていなかった。
 
 

忘れがたきところ
 
 宇都宮市西川田にある栃木県総合運動公園陸上競技場は1980年の第35回国民体育大会の主会場になるため、大幅に改修、いや建設した。
 旧競技場にはサブトラックなどなく、競技場のとなりにヒマラヤシーダーが植えられている広場があり、そこがサブトラックであった。私たちは巨木の間をぬってウォーミングアップをしたものだ。現在もその巨木はわずかに残っている。
 もっとも、サブトラックが上物でないのは今も同じであるが…。
 
 旧競技場の時代、なぜか運動公園の敷地の中に民家があった記憶がある。民家の庭先には、見事な花を咲かせる桜の古木があった。春の大会の楽しみでもあったあの桜の古木はどこに葬られたのであろうか。
 
 新旧問わず、県総合運動公園陸上競技場は栃木の陸上競技者が忘れてはならない場だと思っている。
 
 現在の競技場メインスタンドからは、晴れた日には男体山をはじめとする日光連山が見える。県外から来る競技者の眼は十分に楽しませてくれているはずだ。
 県内の競技者にはどう映っているのであろうか。
 
 
 ふるさとの 山にむかひて 言ふことなし ふるさとの 山はありがたき哉
 
 私は山を見ると落ち着くような気分になり、山に囲まれていると安心する。
 私の生まれたところも、今住んでいるところも、低い山に囲まれている。
 先般、ミズノのTさんが我家の敷地内にあるクラブハウスに泊したとき、
 「朝から空気がおいしいので目が覚めました。せっかくだからと起きて、スリッパをつっかけて歩き始めたのですが、あまりの景色のよさにあわてて戻り、靴に履き変えあらためて一時間ほど散歩しました。」と、普通そこまで感動はしないだろうと思いながら、正直、照れくさくなるような感想をいただいた。  
山に囲まれて生活をしたことのない人にはそんなふうに思えるのかもしれない。
 最近よくお邪魔する北上であるが、競技場から見える山並がすばらしい。行くたびに山の名前を聞きたがる私に、
 「今度ははっきりと調べておきますから」と千田先生。
 もっとも、聞いても次に行ったときにすっかり忘れ、また聞き返すことであろうが…。
 
 ところで、栃木出身ながら現在は県外を拠点として競技を続けている者が西川田の競技場を訪れたとき、そのメインスタンドから日光連山を遠望したとき何を思うであろうか。
 新しい競技場を作ってほしいと要望することも大切なことであるが、今の競技場にノスタルジックな思いを含めながら感謝することを先にしなければならないと考えるのは私だけであろうか。
 

 
こころざし
 
 志を はたして いつの日にか帰らん 山は青き故郷 水は清き故郷 (岡野貞一・詩)
 
 志はまだまだ果たしてはいないように思えてならないJUVYの大学生会員が今年は大挙県選手権に出場のため帰ってきた。
 久しぶりの栃木に何を感じるか、そんなことを聞き、そこから何かを引き出そうと5月30日に夕食会を開催した。
 川田、鈴木、林の三氏が腕によりをかけて料理(まあ、ほとんど酒のつまみですが)を作ってくれた。いつもながら絶品である。(ちなみにメインは鯛とヒラメのしゃぶしゃぶでした。御馳走さまです。)
 
 話を聞きつけ、佐野高校に勤務するK氏も『旭城(きょくじょう)』とラベルに書かれた大吟醸を片手にやってきた。ちなみに『旭城』とは佐野高校の別名であり、文武両道をあらわす象徴として関係者は用いている。
 彼は高校時代に私が3年間担任をした。小さな体ながらバスケットボールを卒業までやり通した。
 「俺の教員を判断する際の分母は奥澤康夫だ」と、どこで言っても憚らない男である。
そのことを言われるたびに穴に入りたくなるが、心の底からありがたい話だと思う。
 そんなことを言うとき、K氏の心には私を隠れ蓑にした佐野高校望郷論が存在していると言ったら自惚れであろうか。
 
 志を果たしたと勝手に思い込み故郷を忘れる、そんな人間がいることを私は知っているし、そんな人間にはなってほしくないことから、食事会を開いた。
 
 夢に向かって走った あのグラゥンドを思い出せるか
 あのころの夢を、たとえ形は変わっても今も持ち続けているか
 父や母、師を忘れて暮らしてはいないか
 一緒に夢を追った友を忘れてはいないか
 夢も人も、みんなみんな故郷から始まったのではないのか
 それが今の君たちが生きる上での根っこのはずではないのか 
 故郷とは何か考え、故郷を宇宙的に感じることはできるか
 育った故郷、育ててもらった故郷を原点に みずから大きな自分に育てていくつもりはないのか
 
 兎追いし かの山 小鮒釣りし かの川  夢は今もめぐりて 忘れがたき 故郷
 如何に存ます 父母 恙なしや 友がき  雨に風に つけても 思い出ずる 故郷

 
 故郷とは生まれ育ったところ。
 生まれ育ったところで、観たこと、聴いたこと、知らないことを知ったこと。
 そして、出会った人、感動を与えてくれた人とふれあったこと。
 故郷とは、学智、験智、霊智が数多く養われる場といえるのかもしれない。
 
 「先生、軸をぶらしちゃいけないよ。軸をぶらさずに生きているから俺の先生なんだからね。」とK氏。
 ありがとう。俺にもいっぱい故郷はあるよ。教え子のあんたも俺の故郷さ。
 

 
そして、再び
 
 4月から5月にかけて、
 「齋藤が心配です。先生なんとかしてやってください。あいつの心、本当に疲れていると思うんです。」と、品田から何度も話があった。
 しかし、私は齋藤が筑波大学の主将になった時の考えを変えることはしなかった。
 (筑波大学の主将として1年の間、難問を解決できなければ史人唯一の主将とは呼ぶことはできない。ゆえに、1年の間、私から部の運営に関するアドバイスは一切しない。)
 
 部のリーダーとしてだけでなく、怪我でも苦しんでいた齋藤は、教育実習中の関東インカレで私に次のように語ってくれた。
 「教育実習に鹿沼に帰ったら体調がすっかり良くなりました。教育実習に帰ってきてよかったですよ。」
 人見先生が特段甘やかしているわけではないことは、私にはわかっている。齋藤は自分を育ててくれた故郷に戻り、空気を吸い、水を飲み、家の食事をし、高校時代教わった先生の気持がチョッピリわかり、今の自分をより客観的に眺めることに成功したのである。
 滞っていた氣が少しずつ体内を動き始めた。故郷効果である。
 
 学生が故郷に帰ることを嫌う大学の指導者にはこんなことはわからないだろうが、そうゆうことも大切だということを末続選手は直感的にわかったのではないだろうか。
 
 5月30日。競技を終えた齋藤と永島を乗せ、私の車はクラブハウスへと向かった。
 
 私どもが一番乗りの形でクラブハウスに到着すると、続々と学生がやってきた。
 齋藤、永島(筑波)、稲葉(法政)、上野(城西)、菅原、飯山(群馬)、松島(福島)、船渡川、津布久(東海)、谷村(東京学芸)、落合(国士舘)、安田(明治)、成瀬(順天堂)、北山(成城)、平井(慶応)の15名に、学生といっても誰も信じない我々5名が加わり、総勢20名が6畳2間ぶち抜きの部屋で、飲み、食べ、語りあった。
 
 3日間でJUVYは20種目18名が関東選手権への出場権を獲得。得点計算すると実に118点に達した。
 私にとっては楽しい3日間であったが、3日後に彼らは、再び活動拠点に帰って行った。
 
 翌日、某大学1年生からメールが入る。
 『こんにちは。昨晩無事合宿所に戻りました。
 昨日はお忙しい中、競技をみていただきありがとうございました。久々の栃木の試合があいにくの雨で残念でしたが、故郷の空気を久々に感じることができ、とてもうれしく思いました。
 また、土曜日には楽しい食事会を開いていただき、ありがとうございました。先生方や先輩方といろいろなお話ができ、本当に素晴らしいひと時でした。
 試合後の先生からのアドバイスを整理し、夏合宿に向けて練習に取り組んでいきたいと思います。
 今日から再び大学での生活が始まりますが、昨日までの貴重な体験をエネルギーに変え、また新たな気持ちで生活していきます。
 ありがとうございました。』
 
 本来なら、試合に向けて練習に取り組む、と書くところであろうが、夏合宿に向けて練習に取り組む、と書き込むところがJUVYの若者らしくておかしくもなる。
 本当に夏合宿が楽しみになってきた。今度は北上に集結ということになる。
 

 
かくれんぼ
 
 寺山修二の『誰か故郷を想はざる』の中に『かくれんぼ』のくだりがあり、かくれんぼをしているあいだに10年以上の歳月が流れてしまったという幻想が描かれている。
 
 子どもたちはみな、かくれてしまって私がいくら「もういいかい、もういいかい」と呼んでみても、答えてくれない。夕焼けがしだいに醒めてゆき、紙芝居屋も豆腐屋ももう帰ってしまっている。誰もいない故郷の道を、草の穂をかみながら逃げかくれた子どもをさがしてゆくと、家々の窓に灯がともる。
 その一つを覗いた私は思わず、はっとして立ちすくむ。
 灯りの下に、煮える鍋をかこんでいる一家の主人は、かくれんぼをして私から「かくれていった」老いたる子どもなのである。かくれている子どもの方だけ、時代はとっぷりと暮れて、鬼の私だけが取残されている幻想は、何と空しいことだろう。
 私には、かくれた子どもの幸福が見えるが、かくれた子どもたちからは、鬼の私が見えない。
 私は、一生かくれんぼ鬼である、という幻想から、何歳になったらまぬがれることが出来るのであろうか?

 
 教師など皆、かくれんぼの鬼になる可能性を持っている。
 ましてや寝食をともにしながら命をかけて指導したと思い込んでいたらなおさらである。

 私も、かくれんぼの鬼として一緒に遊んだ子どもたちをいまだに追っているが、多くの相手は一緒にかくれんぼをしたことなど、すでに忘れている。
 しかし、ふるさとで一緒に遊んでいたが一時中断しても、遊びはいつでも再開できる仲間がいる。東京に行けばNがいる。北海道にはSがいる、といったあんばいに、そんな仲間を探しに日本中でかくれんぼ遊びをしてみたい。
 
 そんなことをわからせてくれた今年の県選手権でした。

         
Vol.1 JUVY 創 設
Vol.2 理想の指導者とは
Vol.3 素晴らしき指導者
Vol.4 回顧・2005年
Vol.5 新春は箱根と共に
Vol.6 凛として颯爽と
Vol.7 眼のつけどころ
Vol.8 視点・感点
Vol.9 思い出に残る一言
Vol.10 新たなる旅立
Vol.11 JUVY誕生
Vol.12 春のスポーツシーズン到来
Vol.13 指導者としての実践力とは
Vol.14 ジュニアとシニア・その1
Vol.15 ジュニアとシニア・その2
Vol.16 わたしなりに言いたいことを…
Vol.17 「眼に見えない力」
Vol.18 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その1」
Vol.19 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その2」
Vol.20 「トーナメント・有限と無限の交差点」
Vol.21 「定石とひらめき」
Vol.22「合同練習会」
Vol.23「国民体育大会」
Vol.24「心・技・体」
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Vol.26「神在り月」
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Vol.30「影響力」
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Vol.32「我家の凜氣」
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Vol.35「2007年 JUVY TC前期総括」
Vol.36「今日まで、そして明日から」
Vol.37「国体関ブロ観戦記」
Vol.38「想いを文字で伝えるということ」
Vol.39「人間の運命について」
Vol.40「思いつくまま継走の如く」
Vol.41「広き世界」
Vol.42「スピード・スピード・スピード」
Vol.43「白と青、そして遊」
Vol.44「36−10」
Vol.45「この卯月に思ったこと」
Vol.46「スプリント」
Vol.47「”運”と”付”」
Vol.48「純粋にひたむきに」
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Vol.51「氣づき」
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Vol.53「チーム」
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Vol.58「ふるさと

Circle-JUVY General Manager OKUZAWA Yasuo