Vol.51(2008. 11. 8.)
【霜月の八】
「氣づき
 
                              人としての成長
 
 『大学に入学して1年間は先生に依存しすぎていたなと感じ、2年になる頃には先生からどうしたら自立できるかと考えながらやってきました。
 実際関東インカレ以降スランプに陥り、今まで先生に頼りすぎていたツケが回ってきたなと思っています。本来の自分を保ちながら新しいことに向かうことは難しいことですね。こういうやり方はまちがっているのでしょうか。』
 これは、某大学で陸上競技を行っている2年生からのメールである。
 
 TeachからCoachへ、CoachからApproveへと流れがあるのが至極当然であるはずなのに、指導者が『教え離れ』できないでいると、選手は『指導者依存』から抜けられない。
 
 実は齋藤がオリンピックから帰国後、彼に話したのがこのことであった。
 「広田先生(都賀中学)〜人見先生(鹿沼高校)はTeach〜Coachの関係であり、人見先生〜奥澤はCoach〜Approveである。(実際の会話ではApproveではなくCheckという言葉を用いた。)ただし、広田先生がしてきたことがTeachで人見先生がしてきたことがCoachというわけではない。同様に奥澤のしてきたこと(していること)がApproveというわけでもない。Teach〜Coach〜Approveにははっきりとした境目は見えない。私は今迄主にCoachの役割をしてきたわけであるが、今、Coach〜Approveの境にいる。逆に言えば齋藤のこれからは、自分で自分の競技人生を確立していかなければならない。さらに言えば、これからの私の任務は齋藤のしていることを確認していくことである。だから、何をしたいのか、何をしようとしているのかははっきりと話しなさい。」
 その一回目の試合となった大分国体では、見事にやり方のポイントをはずし、栃木のスタッフに多大な迷惑をおかけした。この場を借りてお詫びしたい。
 
 ところで、冒頭の大学2年生のメールは極めて正常である。したがって、私は彼の氣づきを肯定してやらなければならない。
 
 北海道の讃良岳宏先生(四季の風Vol.3で紹介)から『情緒の教育(岡潔)』と題した力作をいただいたのは平成17年のことである。引用させていただくと、岡は発育発達の流れを学齢に合わせ次のように分類しているという。
 第一期は小学校1〜4年で「情緒の調和」とし、第二期を小学校5〜6年、中学校1〜3年、高等学校1〜2年で「知性の形成」とする。第三期は高等学校3年、大学1〜2年とし、「この時期に自由に自分を掘り下げ、自分の守る道義を作り、理想像の最初の素描をさせ、行くべき場所を選ぶ準備をさせることが良い」と述べている。
 
 個人差もあろうが、スポーツの世界も同じではないかと考えさせられた。
 それゆえ、冒頭に紹介したメールを好ましい成長の仕方ととらえることができた。
  
 

                              逆説・無知の知
 
 ゴルフ練習場には時折『教え魔』と呼ばれる、決して人から好かれることのない人間がいる。そのような輩は競馬場にもいるそうで、ひどい者になると勝手に教えておいて現金を要求するという。どうやら、どのようなスポーツの世界にもそのような輩は必ずいるようである。私もそのような時期があったと反省している。
 
 自信満々に選手に話しかける。その選手が強ければなおさらだ。その選手の指導者などは完全に頭から消えている。
 強化練習会等で依頼された指導者がいる。そしてその指導者が指導をしている。にもかかわらず、そのような方は依頼されていようがいまいが関係なし。勝手に指導を始めてしまう。恐れ入るというより、人間性を疑う。そのような方にはこちらが何を言っても通用しない。もちろん、そのような方は自分の口から出てくることは100%正しいと信じているのであろうが、(仮に100%正しいとしても)そのような言動の是非についての氣づきはないのであろう。
 
 言葉を奪われざるをえないホームコーチや選手の〈発することなき声〉に氣づくことこそ、優秀な指導者の条件である。
 〈教えたいこと〉と〈教わりたいこと〉は多くの場合イコールではないはずだ。
 
 駅伝やマラソンの解説で、聞かれもしないことを言いたい放題に話す元有名マラソンランナーがいる。肝心な解説はというと、支離滅裂としか思えず、視聴者の一人として聞いていてもいまだかって溜飲を下げたことは一度もない。
 この章を書いていて、ふと(同じか…)と思ってしまった。
 
 

                       コーチングできないコーチ
 
 大分国体では、(コーチングのできないコーチャーはコーチと言えるのか)という思いが頭から離れなかった。
 コーチングのできないコーチといってもその内容はいくつかある。
 1.コーチングしようにも選手がいない
 2.コーチングするだけの能力がない
 3.コーチングをしたいのだが、選手から拒絶される
 4.複数のコーチがいるため、遠慮してコーチングができない
 5.臨時コーチであるため、中・長期的視野でのコーチングができない
 6.所属先からの借り物選手であるため、本音のコーチングができない
 1〜3などは論外なのだが、そのことに氣づかない指導者は結構いるものだ。
 問題は4〜6の場合である。国体ではほとんどの県の関係者が気付いているが口に出せないのではないか。それが、(コーチングのできないコーチャーはコーチと言えるのか)という自身の氣づきにつながった。
 
 (予想はできていたものの)斉藤の結果やリレーの敗退もあり、私はコーチとして大分にいることに対してある種の疑問感が生じていた。後ろめたくもあり、恥ずかしさもあった。そのような弱い心がある指導者と一緒に行動していても吉永、毛利は健闘した。(こう書くと、まるで私が全面的に吉永や毛利を支援していたように聞こえる。誤解のないようにしておかなければならない。吉永には宮下・谷川両先生、毛利には千田先生と渡辺コーチのエネルギーが伝わったからに他ならない。)
 大分での収穫は、勝負勘に誤りがなければ間違いなく選手を励ますことができる、ということに氣づかされたことではなかろうか。
 
 

                            手本は身近にある
 
 【その1】 この夏、埼玉インターハイでのこと。
 
 円盤投げの決勝で茨城県立土浦湖北の選手が最終投てきで逆転優勝をかざった。その時私は、(山崎先生とこの選手は、日頃から小さなことに氣づき、互いに氣づかされながら、なおすべきことは面倒くさがらずになおしてきたのだろうな)と思い、山崎先生に祝福に行き、そこで思ったことを話し握手を求めた。すると、山崎先生は、
 「そう感じ取っていただきありがとうございます。」
 と言って、うっすら涙を浮かべながら、私の手を握り返してくれた。
 私なりの氣づきに、山崎先生はさらなる氣づきで答えてくれたのである。
  茨城の投てき競技の強いのもうなずける。
 

 【その2】 この夏、名古屋からの帰りの電車の中でのこと。
 
 優先席にどっかりと腰をおろして化粧を始めた若い女性がいた。やがて、ご夫婦らしき年配の方が乗車してきたが、くだんの若い女性は化粧を続け、席を譲ろうなどといった気配はない。若い女性の隣に座っていた中年の男性が立ち上がったが、席はひとつしかあかない。年配の男性は女性を座らせた。すると、向かいの中年女性が立ち上がり、立っていた年配の男性に席を譲った。この間私はずっと立って見ていたわけであるが、若い女性はびくともしない。若い女性といっても、イマドキのギャルではなく、品の良いお嬢さんのようであったから、私のショックは大きかった。なぜなら、この間の周りの動きは気付いて(あえて氣づいてとは書かない)いるはずなのに、自分がどのような行動をとらなければならないかに気付いていない、ということに私は氣付いてしまったからである。
 どうなる、これからの日本。
 

 【その3】 最近聞いた話。
 
 過日、本校ではバルセロナオリンピック柔道71kg級金メダリスト古賀稔彦氏を招聘し、御講演をいただいた。
 優勝候補でソウルオリンピックに出場しながら3回戦で敗れた日本体育大学2年生の古賀青年の帰国後の生活はひどいものであったという。
 
 「ある日、テレビをつけると、ソウルオリンピック総集編をやっていました。見たくはないが消すこともおっくうで何気なく見ていたのですが、そんな時は不思議なもので自分が負けた試合が映し出されるものなんですね。消すのもおっくうで仕方なく見ていると、私の勝ちを信じてソウルまで来て応援していた両親が、私が負けた直後スタンドで応援してくれていた日本の方々に、何度も何度も深々と頭を下げているではないですか。最初は(何をしているのかな)と思っていたのですが、そのうち状況がつかめました。その瞬間、負けて無気力な生活を続けている自分の情けなさに氣づいたのです。(俺は何をしているんだ)と。勝ってお礼をしている身内も知っていたけれど、負けて謝ってくれている身内に私は涙が止まらなくなりました。その日からバルセロナを目指したのです。『何としても金を取るのだ!』と。あの日の両親の姿が4年間のエネルギーの原点でした。」
 
 
 
                       松永 元さんへ贈った言葉
 
 JUVY所属のトレーナー、松永さんが某実業団チームのトレーナー兼トレーニングコーチ契約をした。
 旅立ちを明後日に控えた8月30日、JUVY主催の壮行会席上で、私は『氣づき』について話をさせていただいた。
 
  氣づくことを知れば、感性が磨かれる
  磨かれた感性は、才能を引き出す
  引き出された才能は、監督の腕となり、選手の脚(あし)となる
  その才能は徳となり、いつしか日本の宝となる
 
 うっかりするとあわただしさに流されて、大切なことに氣づかずに生活してしまうことがあります。
 小さなことに氣づき、氣づいたことはすぐ直し、小さな氣づきの積み重ねを大切に過ごしてください。(「新たな旅立ちを勇をもってする松永 元君へ贈る言葉」より)
 

 
                                    終りに
 
 「私は結果は気にとめない。しかし、生き方には注目している。どんなやり方でもよい。先人のやり方が正しいとは限らない。『史人唯一』を目指すことが最高の人生だ!」
 
 「まだまだ先の話ですが、僕が『史人唯一』のスプリンターになって、先生を『史人唯一』のコーチにしますね。」
                 (最新版:あるスプリンターとのメールのやりとり)

 最近、校長という職は退職後の修業をしているのではないかと思えるようになってきました。
 なれそうもない『史人唯一』目指しての旅が続けられれば本望です。
私は選手ではありません。決して成果としての『史人唯一』を目指すものではなく…、といったところです。



                           番外編・笑えない話
 
 先生「君、ゴミが落ちているよ」
 生徒「そうですね」
 先生「ゴミが落ちている、と言ったら拾ってゴミ箱に捨てるのだよ」
 生徒「なんだ、それなら最初から拾って捨てろ、と言ってくださいよ。」
 その時別の生徒曰く、「ゴミを先に見つけたのなら、自分で拾って捨てればよいのに」
 
 今笑った人、わけのわからない人、『氣づき』について、もう一度考えてみませんか。
 
 

       
Vol.1 JUVY 創 設
Vol.2 理想の指導者とは
Vol.3 素晴らしき指導者
Vol.4 回顧・2005年
Vol.5 新春は箱根と共に
Vol.6 凛として颯爽と
Vol.7 眼のつけどころ
Vol.8 視点・感点
Vol.9 思い出に残る一言
Vol.10 新たなる旅立
Vol.11 JUVY誕生
Vol.12 春のスポーツシーズン到来
Vol.13 指導者としての実践力とは
Vol.14 ジュニアとシニア・その1
Vol.15 ジュニアとシニア・その2
Vol.16 わたしなりに言いたいことを…
Vol.17 「眼に見えない力」
Vol.18 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その1」
Vol.19 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その2」
Vol.20 「トーナメント・有限と無限の交差点」
Vol.21 「定石とひらめき」
Vol.22「合同練習会」
Vol.23「国民体育大会」
Vol.24「心・技・体」
Vol.25「再興」
Vol.26「神在り月」
Vol.27「修行」
Vol.28「言霊」
Vol.29「夢」
Vol.30「影響力」
Vol.31「健康」
Vol.32「我家の凜氣」
Vol.33「食」
Vol.34「インカレ」
Vol.35「2007年 JUVY TC前期総括」
Vol.36「今日まで、そして明日から」
Vol.37「国体関ブロ観戦記」
Vol.38「想いを文字で伝えるということ」
Vol.39「人間の運命について」
Vol.40「思いつくまま継走の如く」
Vol.41「広き世界」
Vol.42「スピード・スピード・スピード」
Vol.43「白と青、そして遊」
Vol.44「36−10」
Vol.45「この卯月に思ったこと」
Vol.46「スプリント」
Vol.47「”運”と”付”」
Vol.48「純粋にひたむきに」
Vol.49「オリンピックへの興味・関心」
Vol.50「ラストゲーム」
Vol.51「氣づき」

Circle-JUVY General Manager OKUZAWA Yasuo