Vol.48(2008. 8. 8.)
【葉月の八】
純粋にひたむきに
 
                  (1)
 
 平成20年7月29日午後4時30分。
 熊谷スポーツ文化公園補助競技場は熱気に溢れている。
 
 私は昨日総合開会式に参加した後、一旦自宅に戻った。
 そして、今日7月29日は早朝出発し、宮代町で開催されているアーチェリー競技の応援にかけつけた。鹿沼東高校の生徒が出場しているからである。
 陸上競技場の張り詰めた雰囲気とは異なる緊張感を持つ会場で本校の生徒に会う。
 競技途中ながら会場をあとに、鬼怒川温泉に向かう。こちらでは、鹿沼東高校の3年生が学習合宿に励んでいる。その激励(とは言っても説教に近い)のためである。
 居眠りをしている生徒がいる中、受験勉強の必要性や付帯価値などについておおよそ1時間話し、東武特急スペーシアで栃木に向かう。
 栃木駅で下車すると自主練習を終了した、筑波大学の伊丸岡と永島が待っていた。彼らは21日からJUVYのクラブハウスに泊り込み、新しいスプリント技術を体内に同化させようとしている。
 栃木駅からはMさんの運転で急げ急げである。
 
 インターハイと呼びたい。ソータイ(総合体育大会の略)では熱さが伝わらない。
 そのインターハイが始まっている。
 400mも見たかったが、今日は4×100mRの予選だけでよい。
 その予選のウォーミングアップに間に合えばよい。
 

                  (2)
 
 盛岡南高校の千田(ちだ)先生と宮崎工業高校の稲垣(いながき)先生から「JUVYの合宿を見てみたいのですが‥」と話があったのは、2007年の年明けのことであった。それぞれ、現日立の桜井監督と中京大学の青戸さんからの紹介であった。
 お二人の先生方には2月10日〜12日までの冬季合宿に参加していただいた。
 その後、12月22日〜25日の冬合宿に千田先生が生徒を引き連れて再来佐した。
 2008年に年がかわった2月9日〜11日に宮崎工業、3月20日〜23日に盛岡南高校が埼玉インターハイを意識した合宿を佐野周辺で行った。
 
 その成果と言うのはあまりにも傲慢であるが、両校は地区予選の4×100mRと4×400mRを盛岡南が優勝・準優勝、宮崎工業が優勝・優勝した。
 
 さらに盛岡南は7月26日佐野に1泊し2日間最終調整をして熊谷に乗り込んだ。
 
 速く走るにはコツがある。コツとは身体の使い方とでも言おうか。
 コツとは感覚的なものである、走りやすい動き(感覚)が速い走りにつながるとは限らない。そこを見つけるのが指導者の理論と視点であるが、土壇場にきたら私は選手の感覚を優先させる。
 しかし、今回の直前合宿では千田先生にお断りした上で、あえて動きのポイントを変えさせていただいた。
 このことに関しては自信もあった。合宿中の伊丸岡、永島、田中(筑波大)もはまっていたし、斎藤も1回の練習でマスターし、スピード感抜群の動きをしていたことが、あえて新しいポイントを伝えたいという自分の気持ちの後盾にもなっていた。
 

                  (3)
 
 予選のアップで抜群の動きを見せていた毛利に、1走の工藤が追いつけないのが心配であったが、終わってみれば3組1着、41秒44で無難に通過。
 
 ここで千田先生より相談を受ける。毛利の100m出場について、である。
 意見は一致した。
 本人が納得すればリレーにかけたい。
 盛岡南のリレーメンバー中、個人種目で出場権を持っているのは毛利一人である。東北大会100m6位で資格を得ている。
 そんなチームなのである。派手なスターもエースもいない。
 しかし不思議な魅力を持つチームなのである。
 
 毛利は納得したという。
 
 準決勝3組2着41秒40の岩手県タイ記録で通過。岩手県史上初とのこと。
 「盛岡南のバトンパスは本当にうまい。あのパスは大学生でもなかなかできない。」とは伊丸岡評。
 3月の合宿で、私からの提案を受け千田先生は実践してくれている。嬉である。
 
 「このメンバーで4継を組むのはこれが最後だ。その最後がインターハイの決勝でよかったな。あの素晴らしいバトンパスを記念にもう一度見せてくれ」と私。
 アドレナリンが出すぎたか、毛利のダッシュが良すぎた。
 決勝は残念ながら9着に終わるも41秒26の岩手県新記録であった。
 工藤・毛利・下河原・佐々木の名は岩手県陸上競技史に永遠に刻まれる。
 
 しかし、うれしいニュースも聞かされた。
 決勝を走った36人の走者の中で、下河原のスピードがbPと日本陸連科学委員会バイオメカニクス班が発表。コーナーであることを考えると驚異的である。これまた嬉である。
 パスが上手くいけば毛利もすごいスピードで走ったと確信している
 

                  (4)
 
 8月1日夕刻。いよいよマイルリレーが始まる。ここからは極度の疲労との戦いである。
 予選4組、盛岡南3分15秒44、1着通過。
 予選7組、宮崎工業3分16秒06、1着通過。
 
 8月2日炎天下。
 準決勝1組、盛岡南3分15秒10、3着、プラスで拾われ決勝進出。
 準決勝3組、宮崎工業3分14秒08、2着、決勝進出。
 
 8月2日午後3時。
 ずいぶんと涼しくなってきた、と感じるのは気温だけではなく、サブトラックの人影がまばらになったせいでもあろう。
 この時間帯はサブトラックをマイルリレーの決勝進出チーム以外は使用していない。
 サブトラックを風が人にさえぎられることなく横切って行く。だから涼しく感じるのである。
 サブトラックが最も混雑するのが初日の夕刻4×100mR予選のアップのころなら、もっとも静かな時間帯がマイルリレーのアップのころであろうか。
 
 佐野高校のテントで、落ちようかなと考えているような陽を遮りながら、名古屋、秋田、金沢インターハイのころを思い出していると、盛岡南そして宮崎工業が静かに、しかし颯爽とウォーミングアップを始めた。
 「貸切だぞ」盛岡南高校渡部(わたなべ)コーチのつぶやきが聞こえる。
「どんどん人間が変わってゆくね」と渡部コーチは私に語りかける。

 私は宮崎工業の4人に近づき、
 「いよいよ来たな。ここまでは長かったろう。でも、本当にやって来たな。優勝候補はあくまでも候補。簡単に勝たせてはいかんぞ。」と激をとばす。
 そして盛岡南の4人に、
 「ここまで全てを教えていただいた千田先生、小池先生、渡部コーチに恩返しするつもりで走ってこいよ。ここまできたら勝ちも負けもない。決勝を走ることのできる8チーム32人に選ばれた喜びで走って来い。」と指導者としての感を伝える。
 
 選手達は召集所に向かう。ついて行きたいが、それはできない。自分がやってはいけないことなのである。
 私は後ろを振り向くしかない。サブトラックを今一度ゆっくり見る。
 サブトラックは‥、そこに誰もいなくなった。
 
 あらゆる陸上競技の大会で、その大会に出場した選手中32人に与えられ、与えられた者だけが走れる、大会最後のトラック種目4×400mR、通称マイルリレー決勝。
 
 そこに向かって、その瞬間に向かって、熊谷スポーツ文化公園陸上競技場の16時40分というただ一点に向かって、全ての者が動き始めた。
 
 『私は全ての競技者の名において、オリンピック競技大会の規約を尊重し、スポーツにおける栄光とチームの名誉のため、スポーツマンシップをもって、大会に参加することを誓います。』(オリンピックにおける選手宣誓文の日本語訳)
 
 マイルリレー決勝前は、いつもこの言葉を思い出す。
 
 鹿児島インターハイ準決勝でアンカーのS君に、残り50m付近で故意に(?)当たってきたN県K高校の選手がいた。そのような行為を許しがたい私は、金沢インターハイ準決勝前に召集所に行き「きれいなレースをしよう」と全選手に訴えかけたこともある。
 
 きれいなレースが見たい。
 しかし、決勝でアンカーを任された小柄な下河原が弾き飛ばされたのである。
 きれいなレースが見たかった。きれいな判定が見たかった。
 しかし、これまたこの種目岩手県史上初の決勝進出を果たし、全てを出し切った選手の
 「俺たちは一生懸命やったからいいですよ。」
 というきれいな言葉を聴くことができ、私は全てが嬉のベールにつつまれた。
 
 男子4×400mR決勝 第3位 宮崎工業高校(籾木・中西・杉本・森) 3分12秒87
 同 第6位 盛岡南高校(中西・毛利・高橋・下河原)3分14秒30 
 両チームに素晴らしい線(時の流れ)と面(トラック上の闘い)を見せていただいた。
 

                  (5)
 
 那須拓陽高校の本塩選手は両リレーを走らず2冠に輝いた。
 盛岡南高校の毛利は100mを走らず両リレーで決勝に進んだ。
 どちらの選択も正しいと思う。
 どちらの選択も正しいと言えるのは、どちらも結果的に成功したからであろうか。
 いや違う。選択したことを信じて純粋に全力で向かったことが正しいのである。
 
 本塩君や盛岡南高校リレーメンバーが出した結果はすばらしい。
 それはJUVYの上野伊織の棒高跳6位入賞にも言えることである。
 
 しかし、あえて言わせてもらう。
 結果ではない。「目標を明確にし、目標に向かって自分の力をありったけ出そうとした彼らの純粋な姿勢に敬意を表したい」と。
 同時に、名指導者とは本気で見知らぬ人間に同化した上で選手の全てをあずけられる人であると再認識した。「千田先生にあらためて敬意を表したい」のだと。
 
 そんなことを思いながら、私にとって素晴らしい日々を送ることのできた埼玉インターハイの幕を引きたい。
 
 
 盛岡南高校、宮崎工業の皆さん、またJUVYに遊びに来てください。
 JUVY一同お待ち申し上げます。
 会員一同、君たちのユーモアとファイティングスピリットを学びたいと思います。
 
 

 いよいよ、オリンピックです。
 そして、インカレ、国体と続きます。
 来年のインターハイもおおよそ350日後にやってきます。
 また一丁やってみますか。
 純粋にひたむきに!

       
Vol.1 JUVY 創 設
Vol.2 理想の指導者とは
Vol.3 素晴らしき指導者
Vol.4 回顧・2005年
Vol.5 新春は箱根と共に
Vol.6 凛として颯爽と
Vol.7 眼のつけどころ
Vol.8 視点・感点
Vol.9 思い出に残る一言
Vol.10 新たなる旅立
Vol.11 JUVY誕生
Vol.12 春のスポーツシーズン到来
Vol.13 指導者としての実践力とは
Vol.14 ジュニアとシニア・その1
Vol.15 ジュニアとシニア・その2
Vol.16 わたしなりに言いたいことを…
Vol.17 「眼に見えない力」
Vol.18 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その1」
Vol.19 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その2」
Vol.20 「トーナメント・有限と無限の交差点」
Vol.21 「定石とひらめき」
Vol.22「合同練習会」
Vol.23「国民体育大会」
Vol.24「心・技・体」
Vol.25「再興」
Vol.26「神在り月」
Vol.27「修行」
Vol.28「言霊」
Vol.29「夢」
Vol.30「影響力」
Vol.31「健康」
Vol.32「我家の凜氣」
Vol.33「食」
Vol.34「インカレ」
Vol.35「2007年 JUVY TC前期総括」
Vol.36「今日まで、そして明日から」
Vol.37「国体関ブロ観戦記」
Vol.38「想いを文字で伝えるということ」
Vol.39「人間の運命について」
Vol.40「思いつくまま継走の如く」
Vol.41「広き世界」
Vol.42「スピード・スピード・スピード」
Vol.43「白と青、そして遊」
Vol.44「36−10」
Vol.45「この卯月に思ったこと」
Vol.46「スプリント」
Vol.47「”運”と”付”」
Vol.48「純粋にひたむきに」

Circle-JUVY General Manager OKUZAWA Yasuo