Vol.41(2008. 1. 8.)
【睦月の八】
 「広き世界」
                                
 明けましておめでとうございます。第29回近代オリンピアードの年明けです。
 2008年が会員の皆様の御健康と御清福の豊かな良い年でありますようお祈り申し上げます。
 

                  (1)
 
 「正月は 冥土の旅の 一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」(一休宗純)
 
 一年の競馬の始まりの日のメインレース、東西の金杯は1月5日中山と京都で行われます。
 以前、競馬の師匠のKさんに上記短歌にひっかけて、
 「金杯は 年の初めの 運試し めでたくもあり つまらなくもあり」
などと酒の席で話したら、
 「競馬の年明けはダービー(正確には“東京優駿”)だよ」と軽くあしらわれました。
 つまり、ダービーが終わると3歳馬も古馬への挑戦が始まる、だから年明けなのです。

 そのような考えからすると、多くの長距離関係者にとっての年の初めのレースは駅伝となりますが、短距離・跳躍・投てき関係者にとっては暦のとおり年が明けるわけではないのかもしれません。
 
 そんなことが理由ではないのですが、毎年箱根に行き、現地(箱根もしくは小田原)で新年会を開き、箱根こそ新年の一大行事、と決めつけていた私達でありますが、今年は何となく箱根に行くのをやめました。
 やめて正月三が日をどのように過ごしたかと言えば、クラブハウス(司若寮)で新年会の二連ちゃんをしたのです。集まった方は2日が18人、3日が11人でした。
 実は12月29日から30日にかけて宇都宮の伊沢旅館に33人が集結し大納会を開催したばかりだというのに、中二日でこれだけ集まってくるのですから、たいしたものだと思います。
 集まった方々は人と会うのが好きなのか、人と話すのが好きなのか、スポーツそのものが好きなのか、それともエキス入り液体が好きなのか、何ともすさまじい方々であると再確認しました。
 しかも四日間皆勤の方が9人もいたのです。もちろん私もですが。


                  (2)
 
 箱根駅伝。正確には「東京箱根間往復大学駅伝競走」と言われ、関東学生陸上競技連盟が主催する、おおよそ関東地区に限定された大会であることは皆さんご存じでしょう。
 まずは、そんな箱根駅伝をテレビ桟敷から見た視点で話しを進めます。
 
 私は箱根駅伝を観戦する前に必ず予想をします。よりおもしろく見るためです。
 
 まず、12月10日の登録メンバーに記載された資料を基に、エントリーされた320人(20校×16人)のデータを以下のように整理します。

@ 今年度の活躍(今年のインカレ、各駅伝、箱根予選会、国際試合等)
A 自己記録(5000m、10000m、ハーフマラソンなど)を基にした顕在力
B トラック種目の自己記録と20km以上の超長距離への適応力を考えた潜在力
C どこの高校出身で誰の指導を受けてきたか
D 過去に参加した駅伝での実績
E 各大学の伝統力

などが主なものです。当然、AとBは計算で求めます。その他の項目は、私の脳が一生懸命働きます。自分の脳内でおきた直感を信じ、迷わず数式化していきます。
 ここで、エントリー全選手の得点が集計され、予想の1回目が終わります。ここまでに要する時間は10時間程度になりますが、早朝2時間程度約1週間ほどかかります。

 次いで、12月29日の区間エントリーを見て、1区から10区まで先に打ち出した個々の能力を、往路、復路、総合と入れ、それぞれの得点を集計します。
 さらに、当日の選手変更で補欠から入れ替えられるであろう選手を予想し、再度得点を集計します。
 ここで、2回目の予想順位が終了、より具体的なものが目の前に現れますが、こちらは30日の午後、6時間程度かけます。一気にやらないと時間がないのです。
 
 そして、大会当日の選手変更による数値の並べ替えで最終予想が終了するわけです。こちらは7時45分からスタート直後8時15分ころまでの30分程度でおこないます。 

 何がおもしろくてそこまでやるのか?と自問自答しました。 
@ 駅伝が好きなのではなく、予想が好きなのか?
A 予想が好きなのではなく、データ収集が好きなのか?
B データ収集が好きなのではなく、データを整理するのが好きなのか?
C データ整理が好きなのではなく、整理したデータの正確さの確認が好きなのか?
D つまるところ、当たったことに快感を得るのが好きなのか?
E ならば、やはり予想が好きなのではないか!
 と、@に戻ってしまいました。
 となると、
 「酒の肴にするためのデータ作成じゃないの?」と指摘されても反論できませんが、あえて話しを進めます。
 

                  (3)
 
 「箱根から世界へ」と言われて何年たつでしょう。
 
 運営管理車(伴走車)を廃止した際の理由は、「世界へ出るためには一人で走れなければならない。」だったような記憶があります。

 伴走車廃止 〜 運営管理車として何台かに監督が分乗し、一定の場所でアドバイス可ただし車の中からはアドバイス不可 〜 給水可 〜 管理運営車各大学に一台 〜 管理運営車からのアドバイス可 〜 管理運営車にマイク設置し、車内からのアドバイス可、と変遷してきたようです。順序は定かではありませんが、結局、元に戻った感は否めません。給水は当然必要です。警察の指導やテレビ局からの要望もあり、このような形をとったものと思われますが、どうせなら、ジープと桃太郎旗に戻り、まさしく正月の風物詩復活となれば、往年の箱根ファン(TV放映前からのファン)は随喜の涙を流すでしょう。
 ただし、スポンサーとの関係も含め大会開催収益を考えるとジープは無理でしょう。
 
 第82回大会から4区の距離を短縮し中距離ランナーにチャンスを、5区の距離を伸ばし世界に通じるマラソンランナーを、と関東学連は別の路線で「箱根から世界へ」をアピールしているようですが、昔は中距離ランナーもごく当たり前に箱根を走っていたことやあれほどのアップダウンのあるマラソンコースはあり得ないことを考えると、「箱根から世界へ」というキャッチフレーズの説得力は感じられないのは私だけでしょうか。
 各大学とも、スタミナに一抹の不安を抱える長距離選手を4区に、山の上り下りに適応能力のある長距離ランナーを育成しているのが現実ではないでしょうか。
 

                  (4)
 
 これだけの人気番組となれば、テレビ局は一層視聴率を高めたい、大学は知名度アップの場としたいなどの思惑は立場ごとにおありでしょう。従って、箱根駅伝の創り方や利用の仕方はいたしかたないことと思いますし、何ら抗議する理由はありません。
 事実、スピード、スリル、サスペンス、と3Sで構成された素晴らしいドラマ性を持つ箱根駅伝は「おもしろい」の一言です。
 
 日テレアナ「大変なことが起きています!」
 テレビ桟敷「何だ?何が起きた?」
 日テレアナ「○○大学の□□選手が歩いています!あー立ち止まった」
 テレビ桟敷「あー、もう駄目だよ」
 
 こんなことがこれからも毎年のように見られるかもしれません。
 しかし、そのようなことは本末転倒です。ブレーキが箱根駅伝の魅力の一つのような期待感を持たせないような広報をお願いするところです。何しろ、強烈なブレーキをブラウン管に映し出された選手は、翌年は区間賞を取る例が多いのですが、最終的には世界に飛び出していないのです。
 

                  (5)
 
 話しを現実に戻します。
 
 箱根駅伝のおおよその予想が終わる大晦日には、2日後の箱根駅伝の見所が浮かんできます。
 今年の箱根駅伝の見所6点にコメントをつけて紹介します。
 

【その1・順天堂大学と日本体育大学はシード権を獲得できるか】
  
 私はコンピュータが壊れているのではないかと、何度もキーをたたき直した。しかし出てくる数値は同じ、非情にも2校ともシード校には届かないデータしか出てこなかった。順天堂にいたっては18位〜20位の予想しか浮かばない。さらには、両大学のエースと目される選手(順天堂2名、日本体育1名)の数値が異常に低いのも気になった。
 
 結果は、両校とも第85回大会では予選会出場校となってしまった。また、エースと言われた松岡は走れず、小野は棄権を余儀なくされ、北村は2区8位に終わった。
 この無念さが世界を目指すための肥やしとなることを祈るばかりである。

 
【その2・駒澤大学は本当に独走で勝てるのか】
  
 私のコンピュータ予想は、往路2位、復路優勝、総合優勝で、往路は東海を追いかけながらも亜細亜と鍔迫り合い、復路は早々に東海をとらえ独走状態になる、と出た。
 
 結果は、マスコミがこぞって書いた「早稲田大健闘」もあり、駒澤の戦力からしてみれば苦しんだことになる。ただし、私の予想は早稲田4位なので早稲田の2位に関して驚きはない。駒澤と早稲田の間に入ると予想した東海、亜細亜が遅れただけである。
 テレビに映しだされた駒澤の管理運営車を見ながら、もう少し選手にまかせる試合をすることも世界に出ていくためには必要ではないか、と思った。
 罵声とストップウォッチが長距離指導の主流ではあまりに寂しい。


【その3・東海は往路でどこまでアドバンテージを取れるオーダーを組むか】 
 超の付くエースを2枚持つ東海が伊達、佐藤を往路につぎ込み、他校を慌てさせることが東海優勝の鍵を握ると見て、2日朝の選手変更を心待ちにしていた。
 佐藤の調子が悪いなら最悪4区でも、と思っていたが、(私にとって)残念ながら往路に佐藤の名前はなかった。
 
 結果は、多くの方が予想した9区にもその名はなく7区を走った。異区間で3年連続区間新を達成するも、東海は一度も優勝戦線にはからまず、10区のアクシデントによる途中棄権という最悪の結果となった。
 
 世界的な大会で活躍できる可能性を持つ選手はトラックで力をつけて欲しい。そのためにも、外野の意見に負けず、信念に基づいた年間計画が欲しい。


【その4・外国人留学生の力は飛び抜けているのか】
 
 数値が違う。登録全320人中、基準値(区間賞候補者)をはるかに飛び越えた数値をはじき出したのが山梨学院のモグスと日本大学のダニエルであった。 
  そして、2人のケニア人留学生は双方とも2区を走った。
 
 結果は、モグスが区間新記録、ダニエルが15人抜きと強烈さをアピールした。
 当時マラソンで世界一流になっていた大学4年時の瀬古と一緒に走ったらどうであったか?当時の瀬古は世界を目指していたことから箱根駅伝対策は独自のものであったと思われるし、レース展開もオーバーペースを警戒し前半無理をしていなかったのではないかと考える。中村先生も「二兎は追わない」「石橋を叩いて渡るなら渡らない方がよい」と言っていた。
 であるならば、箱根駅伝に集中した瀬古なら…。私は瀬古に軍配をあげたい。 
 
 いずれにせよ、駅伝という日本人の心を象徴するような競技を経験したモグスとダニエルの2人。
 「箱根から世界へ」は外国人留学生のためにだけあるなどという日が来ないことを祈りたい。


【その5・学連選抜は力を発揮できるか】
 
 予想では総合10位前後を推移すると出た。まさかと思い、予想はあえて下げ14位とした。
 
 JUVYの練習会には多くの大学から学生が集まってくるが、その中から選抜して400mRを組んだらどこまで通用するか。叶わぬ夢であるが、いつもそんな夢を見続けている。
 合宿をすると若者はあっという間にうちとける。3日も泊まれば旧知の仲だ。そのような若者の親交振りを見ていると、品田・新村・伊丸岡・斎藤でも確実に40秒は切れるはずである。その他、吉永、矢代も補欠における。事実、品田・斎藤・(某)・伊丸岡で日本インカレに勝利しているし、日本選手権優勝時にも3人はメンバーだ。
  
 JUVYの体験から箱根駅伝でも「垣根を払う」ことの意味が学連に選抜された選手達にわかれば、「通用するはずである」と読んだ。
  
 結果は、何と4位。予想を大きく上回った。
 素晴らしい。伝統のM(明治)もR(立教)も健闘した。
 大学単位で競うことも競技力向上には大いに貢献してきたし、今後もするであろうが、世界に出ていくためには、このような自由な形も否定してはならないのではなかろうか。
 

【その6・最重要区間をどこに置いているか】
 
 多くの大学は2区を最重要区間としているようであるが、1区間を選手が走る距離も時間も断然5区が長い。ただし、5区は山登り(厳密には助走区間のだらだら登りから始まり、急勾配の山を登ったあと下り、多少のアップダウンを繰り返しフィニュッシュをむかえる)ということから適性がある。そこが難しい。
 瀬古が山を登れば途轍もない記録を出したであろうことは衆目の一致するところである。しかし、4年連続2区を走らせた中村先生の目は世界しか見ていなかった。
 
 結果は、各大学のエースが2区に投入された。それは「駅伝の流れに入る」鉄則からすれば当然のことである。
 2区には「箱根から世界を目指す」意味が凝縮されている。1区が混戦で来ることから、互いにオーバーペースも辞さず、脳を決して休めず、駆け引きをしながら期待という重圧に負けずに走り抜く区間である。
 1986年第62回大会の2区。目の前で早稲田の川越、日本体育の鈴木、駒澤の大八木が延々とデッドヒートを演じたことは忘れようにも忘れられない。この時日本インカレ5,000m、10,000mのダブルクラウンの川越は5kmをほぼ自己記録で通過していったことを付け加えておく。
 
 「箱根から世界を目指す」ためにも2区は管理運営車からの声をストップして各選手にまかせて走るところを見てみたい。
 もっとも、今年のような大混戦で襷がわたれば、(特に前半は)監督が何を指示しているかは数校の選手にしか聞こえていないであろうが…。


                  (6)
 
 箱根駅伝が終わり数日間、「今年のJUVYはどうなるか?」ということが頭の隅にぶら下がっていましたが、突然今年の目標が具体的に会員に行き渡っていないことに気付きました。これでは「目標にどこまでせまり得ることができたか。」という評価ができません。
 
 「年の初めはじめに今年の目標ありき」です。自己を確認し、しっかりと目標を設定しなければなりません。
 
 暦の上での新年の目標は大胆に、シーズン上での新年の目標は丁寧に。
 一人一人が冷静に自己を見つめ、自己を確認した上でそれぞれの目標を設定し、目標に向かって行くことで組織としてのJUVYの行方が決まります。
 
 今避けなければならないこと。
 それは、目標を持たずに練習する、どの方向に向かっているか確認せずに練習するということ。何に使うかわからずに穴を掘っているようなもので、それは単なる作業です。
 
 目標を設定するに際して関係するデータを集めることは必須です。本来のデータとは、データに基づき結果を予測し、練習内容や戦法を考え、実効ある方向に変えて行くための貴重な資料です。
 「敵を知り、己の顕在を知り潜在を引き出す」ことがデータの重要な役目ではないでしょうか。そんなデータ作りを行えば、素晴らしい世界に入りこむことができるでしょう。
 
 
 
 短・跳・投の正月は四月、そこまでに自己を開発し総合力をつけるとき。
 厳しくとも希望の連続で過ごす日々。
 時は寒の入り。これから「小寒」そして「大寒」、ますます厳しい日が続く。
 この厳しい時期こそ、夢を、目標を再確認すれば、また目が覚める。
 
 とは言っても、佐野の寒さはたいしたことはない。
 一度、北海道や東北で冬の合宿を体験することも必要だ。
 

 1952年第26回箱根駅伝の早稲田の2区を走った選手は区間第5位で3区の選手に襷を渡しました。その選手は、走りながら次々と眼に映る景色から、将来の夢、自分のやりたい世界のイメージが沸々と沸いたそうです。
 その選手が夢見た世界はスクリーンの世界でした。そしてその夢を実現させ世界的に有名な映画監督になられた方、その方の名は岐阜県出身の名ランナー篠田正浩さんです。
 

 本気でやっている人だけが、自己の置かれた境遇の中で本物の世界を見ることができるのです。
 そんな世界がスポーツだけで終わるのはもったいない。
 スポーツを本気でやりながら自分の目指す広き世界は何かを見つける、そんな自分探しの旅のスタートが再び始まった2008年であることを祈ります。
 

 「JUVYから世界へ」第4幕の始まりです。


       
Vol.1 JUVY 創 設
Vol.2 理想の指導者とは
Vol.3 素晴らしき指導者
Vol.4 回顧・2005年
Vol.5 新春は箱根と共に
Vol.6 凛として颯爽と
Vol.7 眼のつけどころ
Vol.8 視点・感点
Vol.9 思い出に残る一言
Vol.10 新たなる旅立
Vol.11 JUVY誕生
Vol.12 春のスポーツシーズン到来
Vol.13 指導者としての実践力とは
Vol.14 ジュニアとシニア・その1
Vol.15 ジュニアとシニア・その2
Vol.16 わたしなりに言いたいことを…
Vol.17 「眼に見えない力」
Vol.18 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その1」
Vol.19 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その2」
Vol.20 「トーナメント・有限と無限の交差点」
Vol.21 「定石とひらめき」
Vol.22「合同練習会」
Vol.23「国民体育大会」
Vol.24「心・技・体」
Vol.25「再興」
Vol.26「神在り月」
Vol.27「修行」
Vol.28「言霊」
Vol.29「夢」
Vol.30「影響力」
Vol.31「健康」
Vol.32「我家の凜氣」
Vol.33「食」
Vol.34「インカレ」
Vol.35「2007年 JUVY TC前期総括」
Vol.36「今日まで、そして明日から」
Vol.37「国体関ブロ観戦記」
Vol.38「想いを文字で伝えるということ」
Vol.39「人間の運命について」
Vol.40「思いつくまま継走の如く」
Vol.41「広き世界」

Circle-JUVY General Manager OKUZAWA Yasuo