Vol.39(2007. 11. 8.)
【霜月の八】
 「人間の運命について」
  
 
                   (1)

 もしも、ピアノが弾けたなら
 思いのすべてを歌にして
 君に伝えることだろう   「もしもピアノが弾けたなら」(阿久 悠・詩)
 
 果たして、ピアノが弾けたら運命が変わることはありえるのか。
 ピアノを弾けるようになるためには努力が必要で、努力したからこそ運命は変わるのであろうが、当の本人は運命が変わったことは気付かない。なにしろピアノが弾けた場合と引けなかった場合の運命の比較ができないのだから。

 
                    (2)

 「タラレバ」という言葉がある。
 「彼が我校に入学していたら……リレーが強くなっていたのに…」とか「あのとき彼がケガさえしなければ……京都(全国高校駅伝)に行けたのだが…」という、「たら」と「れば」である。

 武士道精神を根底に持つ日本人には、「潔さ(いさぎよさ)をよし」とする考えがある。スポーツの世界でも「潔さ」を美徳とする風潮も決して少なくない。そのような理由からか、スポーツの世界では「タラレバ」という言葉は禁句とされているようである。
 ただし、西洋における「スポーツマンシップ」や「ノーサイド精神」などの教えは、日本の「潔さ」以上の精神論であるかもしれない。
 
 しかし、そこは人間のやること、試合が終われば「鱈」や「レバー」をつまみに一杯やる輩の何と多いことか。実はJUVYコーチ陣も試合が終わるとクラブハウスに誰ともなく集まり、反省会と称した会合が開かれる。JUVYのメンバーには玄人筋の調理人もいておいしい肴は一杯出るのだが、翌日になり何を食べたか思い出そうにも思い出せず、つまみは「鱈」と「レバー」だけだったと嘆く御仁も多いようである。

 であるが、今回はあえて「もしも……だったら……」「もしも……こうなっていれば……」について、考えてみたい。


                    (3)

 ある女子選手がいた。仮にAと呼ぶ。
 
 Aは文学にあこがれ、小学校に入学する頃から本が好きで、本のとりこになっていた。6年生になったある夏の日、水泳の授業があった。昨年までは必死になって泳いだつもりでも水に浮いているくらいにしか評価してくれなかった教師が、地区大会の水泳の選手にAを選んだのである。嫌々ながら承諾したAであったが、生来の負けず嫌いの性格が頭をもたげ、こっそりと練習に励んだ。その結果Aは地区大会で圧勝した。
 
 中学の水泳部の顧問はAの入学を心待ちに待っていたが、Aは中学入学後も水泳をやることは全く考えていなかった。とにかく本が読みたかったのである。入部を断った。
 Aはいつのまにか身長が伸び、中学に入学するころには165cmを越えていた。それに目を付けたのがバレー部の顧問であった。バレー部は1時間半の練習でよいという。Aの入学した中学は全員部活に加入しなければならない内規があることから、バレー部に入った。バレー部は早く帰れる。文芸部は読書だけの活動など許されるはずもない。バレー部なら早く帰って好きな本を読むことができる、と考えたのである。
 ところが、ここでも周囲の人はもちろん本人も気付かなかった能力が発揮され、1年の秋にはエースアタッカーになっていた。いつのまにか、バレーがおもしろくて仕方がない、“バレキチ”になっていた。
 そうこうするうち、Aはもう少し上の世界を覗きたくなった。顧問の先生は熱心だったが、何かモノ足らない。何がモノ足らないのかAにはわからなかった。わからなかったが、本が好きなAは自然と本に解決策を求めた。バレーボール関係の本を読みあさり、本から得た練習方法は全て実践し、自分の技量を高めていった。
 その結果、Aの活躍もありAの所属する中学は県大会で優勝し、Aは最優秀選手にも輝いた。
 
 そのような活躍から、県内はもとより県外からもバレーボール名門校が学校を訪れ、学費免除等の条件でAを口説き落とそうとした。
 しかし、Aが選んだ高校は、県内最難関校と言われる高校であった。その高校にはバレーボール部はあるにはあったが、Aの技量が高すぎて他の部員とバランスがとれないチーム事情であった。
 そのような状況でもAはバレーボールを続けるのか、関係者が興味を持って見守る中、Aが選択したのは部員数一桁の陸上競技部であった。
 Aは水泳で味わった、“個の努力で個の成果”を忘れられなかったのである。また、“跳んで相手を攻撃する快感”よりも、“高く跳び上がることそのものの魅力”に引き込まれていたのである。
 専門種目を走高跳とした。
 指導者はなし。ますます本を読む時間は増え、走高跳に関する知識は下手な指導者を上回っていった。
 高校時代はもっぱら仲間と楽しい気持ちで部活動生活を送りながらも、自分には厳しく練習を続けた。アドバイザーはOBの大学生、引率は母親という、極めて異質と言える競技環境ながら全国大会3位になった。
 
 大学でも走高跳を続けた。指導者はその世界では超有名人であったが、ほとんど指導を受けたことはなかった。
 しかし、情熱あふれる先輩に出会い、その先輩が主宰する勉強会でもAの読書好きは生き、同僚とのディスカッションでも専門書だけでなく多くの書物からの知識が生かされた。
 大学3年には日本記録も樹立しオリンピック出場を目指すまでに成長した。全国的な大会での優勝も数多くあったが、残念ながらオリンピック出場を果たせず現役を終えた。

 
                    (4)

 ここで、Aのタラレバ論を展開してみよう。
小学校時代
 もしも水泳をやらなかったら
  → 文学の世界で生きたか?
  → 個の努力の価値に目覚めたか?
中学校時代
 もしも水泳を続けたら
  → 水泳で成功したか?
 もしもバレーボールをやらなかったら
  → 高く跳ぶことの魅力に気付いたか?
 もしもバレーボール部顧問がAの持つ才能に気付き、効果的なアドバイスをしていたら
  → 高校でもバレーボールを続けたか? 
 もしも水泳もバレーボールもやらなかったら                     
  → 文学の世界で生きたか?
高校時代 
 もしも自由にやれる雰囲気の陸上競技部でなかったら
  → 陸上競技部に入部したか?
 もしも素晴らしい選手を多数育成した指導者に出会えていたら
  → 大学に行ってからも陸上競技を続けたか?
大学時代
 もしも本を読むことが嫌いだったら
  → 本からの知識を実践力に結びつけ、日本記録を樹立することができたか?
 もしも所属大学の指導者が二人三脚で競技に向かうような人物であったら
  → オリンピック出場は果たせたか?

 考えればきりがない。
 
 しかし、「ちょっと待て」とあえて言いたい。
 きりがないのはわかっているが、皆さんも自分の運命について考えてみたらよい。
 
 あなたは「悲観的たられば派」「運命無関心派」「人間万事塞翁馬派」それとも…?

 
                    (5)
 
 話しを現実の世界に戻す。
 あえて実名で話しをすすめたい。
 
 筑波大学2年の斎藤仁志である。
 彼の運命は人見真幸という田舎の体育教師との出会いで大きく変わったと言っても過言ではない。
 栃木県立鹿沼高等学校で人見の薫陶を受け、陸上競技は勿論人生の価値観を学ぶ。
 高校3年時のインターハイには県予選前におきた彼自身のアクシデントのため、出場できなかった。
 インターハイを見ることもなくその時期を過ごした人見はJUVYの夏合宿に前年度世界ユース選手権走幅跳チャンピオンの品田直宏が参加することを知り、斎藤を参加させることを決意する。
 その合宿で、斎藤は今までとは違う(かといってそれが正しいかどうかはわからなかったが)スプリントの思想に出会うとともに、品田の話しを聞きながら不思議な感覚を覚えると共に新たな競技観を知ることになる。
 その合宿終了後の関東選手権200mで、斎藤は決勝に残り、自己記録を大幅に更新する。
 大学進学後の指導者をあらかじめ設定し、某大学で競技を続ける決意をする。
 しかし、大学受験に失敗し浪人することが決まった4月、人見と共にある指導者を訪ね、将来を再考する。
 その指導者はその時新たな青写真を話し、「世界を目指す」と断言した。
 笑って聞いていた斎藤であったが、その指導者の予告通り日本ジュニア選手権でいきなり優勝する。
 その指導者は斎藤の将来性を高く評価し、今年受験した大学で競技を続けさせるわけにはいかないと言い、予備校生活のさらなる充実を訴える。
 斎藤は人に知れない努力を続け、見事一般入試で筑波大学に合格する。
 まさしく、「天才と言われるくらい努力せよ」を地でいった。
 そして浪人決定2年後の今年、日本学生選手権200mで2年生ながら優勝し、ユニバーシアードも決勝に進出した。
 現在、斎藤はオリンピック参加B標準記録を突破し、北京を目指している。
 
 斎藤に限らず、運命とは人との出会いであるような気がする。
 人間社会は一人では生きていけない。出会った人によって、真価が発揮されたり、隠れたままだったりする。
 
 人生は全て邂逅である。
 邂も逅も意味は巡り会い。
 巡り会うと言うことは、人だけではない。
 だからこそ、思いがけずに出会うという運命を否定せず、出会えたという運命を大切にしてもらいたい。
 それと同時に、観ることにより感じたことが、体内で醸成され、その結果自分の運命が変わっていくという事実があることも知っておく必要がある。
 
 人間の運命は人との出会いが大きい。素晴らしい出会いを忘れ「過去」「現在」「未来」のバランスを自ら乱し、自分中心の言動をする選手や指導者が多い。悲しいことだ。
 
 そんな彼らには「感謝」という二文字が血液の中にとけ込んでいない。
 そんな彼らには熱血と冷血が交互に流れ、併せれば所詮常温にすぎない。
 
 そんな彼らには本物との「邂逅」経験が未だ無いのであろう。
 そんな彼らには歴史の中における「邂逅」の意味がわからないのであろう。

 
                    (6)
 
 よく似た字ですが、の字の違いがわかりますか。似ているようですが「崇・あがめる」と「祟・たたる」と読みます。
 数年前に読んだある本の中に、「崇めるべきものを崇めなければ、祟りが山から出てくる」という思想が古き日本にはあったようなことが書かれており、その違いを知りました。
 
 その時、私と「崇める」という言葉との邂逅があり、私の出した結論は「崇める」とは「感謝」を具現化する態度を表したものではないかとの結論に達したのです。断っておきますが、感謝イコール崇める態度と申し上げても、人間が神になると言うことではありませんし、される側がこまるほど過度な態度で接触するということでもありません。

 今回の世界選手権の4×100mリレーで日本チームはアジア新記録で5位に入賞し、日本陸上の危機を救いました。
 しかし、今から19年前のソウルオリンピックに東京オリンピック以来リレーメンバ−として選手を派遣した歴史的事実の裏側にあった多くの事情、あるいはその大会でアジア記録を樹立したメンバーの栄光と現地で走れなかった選手の屈辱についての話など、本来マスコミには登場しなければならないはずなのに、どこも取り上げませんでした。
 私が多くの方々に知っていただきたいことは、ソウルでリレーメンバーに関わりながらも歴史に名を残していない人が多々いるということなのです。
 もちろん、ソウル以前にご活躍された多くの先輩諸氏が日本のスプリントのため血と汗を流してきたこともしっかりと認識すべきなのです。
 実はそのような方々が本当の歴史を作ってきたのだと信じています。
 
 活躍した者だけが歴史を残す、という歪んだエリート競技者の思い上がり。
 歴史に名が残っている人間だけで歴史が作られてきたという錯覚。
 
 誰に頼まれることもなく同僚を応援し、大学4年間ほとんど表舞台に名前の出ることのない、大学応援団員の心の叫びを聞いていただきたい。
 
 「応援する人間は、応援される人間より強くなければならない。より努力する人間こそ人に対して『頑張れ』と言える」のだ。」(元立教大学応援団長・宇津祐介氏)
 
「応援に見返りを求めるな。」(元明治大学応援団長・坂尾昌則氏)
                      
(「東京大学応援部物語」より)
 
                    (7)
 
 運命というものの本質はどこからくるのでしょう。
 今ここに生きていられるということ、すなわち、素晴らしい運命に
 そして、この運命と出会えるきっかけを作ってくれた人に感謝してみませんか。
 崇めるとは感謝である、そう思う今日この頃です。
 今こそ、名ばかりの感謝を考え直さなければなりません。
 
 運命の出会いはまず両親、そして恩師たる人物。
 もちろん例外はありますが、自惚れは「親」と「恩師」を乗り越えたと思った瞬間から始まるのです。

 
                    (8)
 
 エーゲ海に浮かぶサモトラケ島で出土された翼を広げた大理石の女性像があります。
 現在、パリのルーブル博物館にあるそれは“サモトラケのニケ”と呼ばれています。
 ニケとはギリシャ語で“勝て”の意味があり、“サモトラケのニケ”とは“勝利の女神”のことです。スポーツメーカーのNikeがそこからネーミングしたことは容易に想像できますね。
 
 勝利の女神は必ず存在する。
 勝利を願うなら、男女を問わず女性に好かれることが大切である。
 なぜなら、女神というくらいであるから、勝利の神は女性に違いない。
 
 どうりで、スーパーアスリートは女性にもてるはずだ。
 


 11月は霜月と呼ばれますが、神楽月とも言われるようです。
 平安時代、宮中ではこの月半ばに神楽を舞う習慣があったからとのこと。
 
 勝負時に感じる緊張観と生様で思う平常観を同居させ、勝利の女神の舞を見てみたいと思う私はいささか傲慢でしょうか。
 
 そんな運命を夢見て心身共に健康に生きていこうと思います。

 

       
Vol.1 JUVY 創 設
Vol.2 理想の指導者とは
Vol.3 素晴らしき指導者
Vol.4 回顧・2005年
Vol.5 新春は箱根と共に
Vol.6 凛として颯爽と
Vol.7 眼のつけどころ
Vol.8 視点・感点
Vol.9 思い出に残る一言
Vol.10 新たなる旅立
Vol.11 JUVY誕生
Vol.12 春のスポーツシーズン到来
Vol.13 指導者としての実践力とは
Vol.14 ジュニアとシニア・その1
Vol.15 ジュニアとシニア・その2
Vol.16 わたしなりに言いたいことを…
Vol.17 「眼に見えない力」
Vol.18 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その1」
Vol.19 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その2」
Vol.20 「トーナメント・有限と無限の交差点」
Vol.21 「定石とひらめき」
Vol.22「合同練習会」
Vol.23「国民体育大会」
Vol.24「心・技・体」
Vol.25「再興」
Vol.26「神在り月」
Vol.27「修行」
Vol.28「言霊」
Vol.29「夢」
Vol.30「影響力」
Vol.31「健康」
Vol.32「我家の凜氣」
Vol.33「食」
Vol.34「インカレ」
Vol.35「2007年 JUVY TC前期総括」
Vol.36「今日まで、そして明日から」
Vol.37「国体関ブロ観戦記」
Vol.38「想いを文字で伝えるということ」
Vol.39「人間の運命について」

Circle-JUVY General Manager OKUZAWA Yasuo