Vol.37(2007. 9. 8.)
【長月の八】
 「国体関ブロ観戦記」
 
                   (1)
 
 現在、財団法人栃木県体育協会に出向している。
 県体協は、スポーツ振興の基本的な考えを踏まえ行政や県内各競技団体、市町村体育協会などと役割を明確にした上で有機的な連携を取りながらスポーツ振興事業の推進を図ることが主な役割である。
 役職は常務理事兼事務局長ということで、まさしくスポーツ漬けの毎日で、仕事が趣味か、趣味が仕事か、と言ったところである。
 体協とは別な組織として、「国民体育大会栃木県委員会」なるものもある。こちらでは、国体の役員や選手の選定・派遣などが主な業務であるが、この委員会の事務局長も兼務している。そのような関係から「国民体育大会関東ブロック大会」の総監督を仰せつかった。
 平成19年度第62回国民体育大会本大会の関東ブロック大会は8月17日〜19日を中心会期に埼玉県内23の市町(馬術は山梨県、射撃は群馬県)で開催された。
 
 私のように長年陸上競技を中心にスポーツ活動を行ってきた者にとって、関東で予選を行い国体の本大会に出場できるチームを決定する、といった団体競技の大会は初めての経験であり、全て新鮮であった。
 

                   (2)
 
 スポーツにはいくつかの楽しみ方がある。
 大きく分ければ「するスポーツ」「見るスポーツ」「支えるスポーツ」に分けられる。
 
 今月は「みるスポーツ」がメインである。
 日本語は便利なもので、「みる」には【見る】【観る】【看る】【視る】【診る】などがあり、「みている」状況がどのような状況であるかは漢字で書けば容易に想像がつく。
 観戦は「戦を観る」と書くが実際には「見る」場合が多く「観る」人は限られている。もっとも一人の選手に釘付けになり凝視する場合もあるわけだから「視る」とも書くか。
 
 そのようなわけで、総監督という立場で29競技を統括しながら、37日間にわたり小間切れながら多くのスポーツをみて楽しんだ。
 責任ある立場にあるのに「スポーツをみて楽しむ」とは不謹慎と言われそうだが、楽しさとは娯楽的なものだけでなく、深く物事を見極める楽しさもあるわけで、私はスポーツに関わる戦術や身体能力を深く知ることを楽しんできたつもりである。
 
 以前、愚息高広に、
 「野球の深さを楽しむように」と激励した際、
 「塾野球部のモットーの一つに、“ENJOY-BASEBALL”という言葉がある。慶應義塾は日本野球の先駆けであるから、常に最先端を進み、トップを目指すことを楽しめというものだ。そんな面から野球を楽しみたい。」と答えてくれたことを思い出す。
 
 7月20日のゴルフ競技を皮切りに、ボート、山岳、クレー射撃、軟式野球、テニス、馬術、フィールドホッケーの7競技について、闘いを「見る」、各競技の勝負の本質を「観る」、栃木の選手の動きを「視る」の「さんみ」でスポーツを楽しんできた。
 以下、競技スポーツ「三昧」(ざんまい)の感想である。


◆ゴルフ競技  7月20日(金)・霞ヶ関カンツリー倶楽部西コース(川越市)
 
 6時07分に田沼駅を発ち、館林、久喜、大宮、川越を経由し笠幡駅に着いたのは8時31分であった。
 第1組のスタートが9時ということから、試合前のウォーミングアップの様子を見て緊張感を味わいたい私としては急がなければならない。駅前でタクシーを探したが見あたらない。あわてて随行のFさんにタクシーを呼んでもらい、コースに駆けつけた。
 
 今大会は少年の部である。
 ジュニアゴルファーが黙々と練習グリーンでパティングをしている。石川遼君は出場していないが、同じ杉並学園3年の園部君がいる。
 一般的にゴルフ場で話すときは“ひそひそ”声である。マナーを知らない方は時に、大きな声でひんしゅくをかうことも少なくないが、そんな雰囲気は微塵もない。
 動と静の違いはあるが、緊張感あふれる氣の流れはスプリント競技決勝前のサブトラックと同じである。
 じっくり見ているうちに気付いた。参加者の体型がいろいろである。
 陸上競技者の身体を見ればある程度専門種目を予測することはできる。しかし、ゴルファーの体型は肥満から痩身までばらばらである。陸上競技という身体能力の極限を目指す若者を見慣れていたため、いささか拍子抜けした。
 しかし、挨拶は素晴らしい。栃木代表の選手などは、皆帽子をとって挨拶してくれる。
 
 第1組の3名が競技委員に呼ばれる。私は彼らのキャディバックを覗いてみた。道具がすごい。最新兵器という感じである。
 「こんな緊張初めてです。」と、某県の選手が監督にふと漏らすものの、その顔からは緊張感は見られない。にこにこと楽しそうである。
 
 そしてティーアップ。
 競技委員に向かって「お願いします。」
 コースに向かって「お願いします。」
 同伴競技者に向かって「お願いします。」
 爽やかな風が漂う。
 
 第1組茨城の選手の超ロングドライブ320ヤードは行っていそうである。
 「グッドヒット」
 「ありがとうございます。」
 (これは盗むものがいっぱいあるな)と私も多くの課題を急遽整理し集中する。
 第1組がスタートしていく。
 
 「こんな素晴らしいコースで予選会をやれて幸せな高校生ですね。」と、私。
 「そういう感性を持った子ばかりではないのです。挨拶は教えればできるのですが、感謝の心は個人差があって、なかなか難しいですね。」と、栃木・吉江監督。
 ゴルフだけを教えているわけではない指導者に出会えたことで、嬉しくなった。
 しかし、何とかしなければ、スポーツが教育という道を地滑りしかねない。
 
 プロのラウンドは何度も観戦していたことから、今回も当然コースを歩けると思っていたが、“取り付け道路以外は入れません”と言われた。そこで策戦を立て、24名のティーショットを見た後、最終組と一緒に、(とは言いながら遠回りしなければならないが)歩くことにした。
 
 技術的には重心移動の素晴らしさが目に付いた。これは参考にできる。重心移動を含めた正しいスィングを覚え、18ホール集中できる(アドレスからショットにかけての集中は更にアップ)精神力、そして状況に応じた体力要素の使い方を心がければ、自分も…!
 
 ゴルフが好きな方、プロよりアマです。機会を見つけ、アマの競技会を見てください。とにかく参考になります。
 ただし、グリーン上のスロープレイは参考にしてはなりません。
 それにしても、人のプレイを見ながら歩くのは、疲れますね。参りました。
 

◆ボート競技  7月21日(土)・戸田ボートコース(戸田市)
 
 母校の佐野高校にはボート部があります。
 私が佐野高校に勤務していた頃、ボートのオリンピック代表で戸田幸雄という長身の先生がいました。
 競艇のコマーシャルにひっかけ、ニックネームはもちろん「戸田ボート」でありました。
 この方の練習は“追い込まなければ気が済まない”というもので、まだ現役であった私もマッツァオでありました。
 しかもこの方は、素晴らしい人格の持ち主でして、“オリンピック選手は自惚れを羽織って歩いている”と思うこともありましたから、“こんな謙虚なオリンピック選手がいるのか”と認識を改めさせてくれた方であります。
 その戸田教諭が転勤なされ、学校では最も多忙な一人と言われる教務主任という要職ながら、栃木県ボート協会理事長という立場でご活躍なされているのです。
 
 佐野高校勤務時代、部の存在を知りながら実は一度も水に浮かぶボートを見たことがない。恥ずかしながら。
 今回、佐野高校の生徒は出場するとのこともあり、宿泊地の川口から早々に駆けつけた。
 
 着いて驚いたのは、ボート競技場の広さであった。それは当たり前の話しで、レースは2000mであるから、それ以上の長さが必要なのである。
 ここは、河川ではない。人工のコースなのだとあらためて気付いた。
 そうなると持ち前の好奇心がわき起こる。
 いつできたのだろうか?
 散歩がてら堤を歩きながら参考になるものを探した。
 1964年の東京オリンピック前に作られたことが判明した。さらに、歩いていると、気をつけて見ないとわからない場所に国立競技場と同形で小振りの聖火台があった。おそらく、当時と同じ場所に同じ姿のまま残されていたものであろう。
 なぜ、先ほどまでは気付かなかったのか?それは、コースと聖火台の間に建物が建っており、コース側からは注意して見ないと気付かないのである。
 問題はその建物である。聖なる火をともした場所の前には、何とトイレが建てられていたのである。決してトイレを悪者にするわけではない。しかし、壁を隔てて聖火台に向かって…。2016年の開催に立候補した東京オリンピックのボート競技もたしか戸田…。
 日本人の感性というものは高いはずと思っていたのであるが、これは一体どうしたことなのだろうか。それとも、私の感覚が狂っているのであろうか?
 
 私は残りフィニュッシュ前200m地点でボートが来るのを待つことにした。
 はるか彼方でボートが動き出したようだ。1分、2分、3分、目の前を接戦でボートが通過していく。佐野高校は、といえば、はるか後方である。OBに蔵田君や戸田君のようなスーパースターがいることを知っているだけに、あまりの差に愕然とする。結果を聞けば、トップの3分40秒台に対し4分10秒台なのである。
 
 佐野高校の指導者T教諭は、
 「まだ2年生ですから」と言うが、1500mで3分40秒を切るような選手に4分10秒台の選手が1年間で渡り合えるようになるのだろか。陸上競技の感覚では厳しいと言わざるを得ない。
 
 ボート競技は肘の曲げ伸ばしに合わせて膝の曲げ伸ばしをする、一見単純な動きに見え、肘と膝の2関節ばかりが目立つが、全身の関節をタイミング良く動員させなければ力が発揮できないはずである。わかりやすく言えば、スクワットとアームカール(とは言ってもローリングカールか?)とデッドリフトを同時にやるようなものである。
 さらに見ていると、(オールは手で握っているわけだから)握っている部分は義関節であり、オールは第2の前腕であり、オールの先端が手のひらで…、実はボートは船ではなく泳者なのではないかと思えてきた。
 となると、オールが水をとらえてしっかり固定されていないか、オールが水中を滑っていないかが気になり、着順よりそちらが気になりだした。
 
 強い泳者は水に乗る。腕は空中をしっかり回し、水中に入るやいなや水をキャッチする。
 同じであった。遅いボートはやっと泳いでいるのである。速い艇のオールは空中をしっかり回し、水中に入るやいなや水をキャッチしている。遅い艇はというと、ボートという生き物が溺れそうである。とうてい水の上をスイスイというイメージではなかった。
 
 持久力は中距離的な感覚で、筋力対策はスクワットとロウカールとデッドの複合トレーニングで、技術的には関節協調動作で、心は水を怖がらず、こんな対策が思いついた。
 

◆山岳競技  7月28日(土)・加須市民体育館(加須市)
 
  現行の山岳競技はクライミングと縦走2種目の合計得点で順位が決定される。
 クライミングは人工的に作られた壁を登る競技であり、縦走は錘を背負って一定の距離山中を走破する競技である。
 今大会は第1日にクライミングが加須市で、第2日目に小鹿野町で開催された。出場選手はクライミング専門が1名、縦走専門が1名、両種目に出場する者が1名の計3名である。本大会はルールが違う。
 加須市は2004年の埼玉国体でクライミングが行われた街であり、今年10月にはワールドカップも開催されるという、まさしくクライミングが市民に定着しているようである。駅を降り、交番で会場を訪ね歩き始めたら、
 「先ほど交番で聞きました。お送りします。どうぞお乗りください」と中年の女性が車を停めて話しかけてきた。もちろん同乗させていただいた。
 
 クライミングといえば、日本が世界に誇る安間佐千選手(宇都宮北高校3年)が栃木の代表で出場する。
 午前中は女子の競技会のため、彼はどこかで待機しているのかと思いきや突然私の目の前に現れたのである。
 
 クライミング競技は、オーバーハングするクライミングウォールを、人工的に取り付けられた小さな突起物に指や足をかけながら登り、指定されたカラビナにロープを通し、制限時間内に最高点まで踏破できるかを競う競技である。
 実際のクライミングを前に、それまで隠されていた突起物の形や位置を6分間のオブザべーション(観察という意味で、双眼鏡なども使用する)で各自踏破のイメージを固めるのである。
 その後、アイソレーションゾーン(隔離部屋)で外界との情報を遮られ、出番がきたら会場に誘導され、いきなりクライミングを始める。
 クライミング競技はそんな流れである。
 
 彼は女子のオブザべーション時、私の前に現れた。
 ウォールを覆っていた巨大なカーテンがするするとはずされるやいなや、彼は女子のウォールを見つめ、身振り手振りをつけながら彼なりの登坂経路をイメージし始めたのである。女子のクライミングである。彼にとっては易しいコースなのはわかる。しかし彼は馬鹿にしないどころか、生き生きとその場でイメージを膨らましているようにみえた。
 私は本物を見た。彼はクライミングが楽しくて仕方がないのであろう。そこに本物を感じたのである。聞くところによると、ヨーロッパ修行から帰国したばかりというが、疲れた様子などは微塵もみせていない。
 
 女子のクライマーは皆美人。強い選手が登る姿はさらに魅力的。
 向かって右のウォールが高校女子、左が成年女子で行われていたが、とびきり素敵な女性2人が同時に登り始めた。しばらくしてほぼ同時に最高点に到達、顔を見合わせて互いにガッツポーズ。茨城の野口啓代選手と千葉の榊原祐子選手。覚えていて損はない、お二人が出場する試合は要チェック、見に行く価値は十分にある。
 
 午後にはいよいよ真打ち登場である。
 安間選手、彼だけが異次元の登り。
 慌てず丁寧に足を置く。決して置き直しなどしない。
 自分で決めたところ以外には指をかけない。迷わず決めたところを確実にキャッチする。
 身体は壁から離さない。常に壁に身体を密着させている。
 手と足は確実に3点支持。
 あっという間に最高点到達。スルスルと降りてくる時の気持ちよさそうな顔。
 登り始めてから、再び床に降り立つまでの数分間は、体育館の空気を独り占め。
 それを見ているこちらのストレスもすっかり消え去る。
 まさしく、見るスポーツの真骨頂。
 
 セッターは参加者の一人が到達できるかどうかにホールドの位置を設定するという。確かに、高校女子、成年女子、高校男子それぞれ1名ずつの到達であった。

 終了後ずうずうしく質問する私に、
 「やさしかった。」と安間選手。
 「不満足です。」榊原選手。
 ここでも安間選手が図抜けていることがわかる。これからどのような選手になっていくのだろうか。

 クライミングを見て感じました。
 スポーツは「心地よい緊張感」の中で、「楽しさを満喫」し、「気持ちいい」なんですね。


◆クレー射撃競技  8月8日(水)・ぐんまジャイアント総合射撃場(群馬県富岡市)

 「日本の一番長い日」は玉音版をかけさせまいとした青年将校の実録の話しであるが、その日は今日のような日ではなかったのか、と、何となく思った。滅茶苦茶暑い日であった。銃を持った人が当たり前のように歩き、銃声が鳴り響く会場をイメージしていただきたい。スポーツを行う場所としては別の緊張感が生まれる。
 (怖い場所に来てしまったな)会場についたばかりの私の印象であった。

 クレー射撃とは、土製でオレンジ色をした皿(クレー)が飛び出し飛んでくるのを、実弾で撃ち抜き、その数で点数を競う競技である。下から飛び出てくるクレーを撃つのが「トラップ」、横から飛び出してくるクレーを撃つのが「スキート」といい、男女差のない数少ない競技でもある。
 県クレー射撃協会会長にたずねる。
 「銃はどれくらいするのですか?」
 「私の私用しているものは一丁510万円です。」
 「弾は一発どれくらいしますか?
 「銃砲店に協力願っているので、30円くらいです。クレー代も自腹なので、もう少しかかります。」
 「金持ちしかできませんね。」
 「いや、そんなことはありません。プレイ費はゴルフと同じくらいではないかと思います。ゴルフは人数がそろわないとできないでしょう?射撃は一人でもできるし、ゴルフのようにアフターはありませんから。」
 
 スキートの会場に行くと、(なぜ、小山西高校野球部の清永監督がここにいるのだろう)と思うほど、風貌、体型、何よりも雰囲気が似ている選手がいた。栃木代表の一人、野崎靖弘選手であった。7組で行われる中の第1組の1番目の射撃者である。
 (この選手はすごい)直感でそう思った。
 
 怖いくらいの集中。足の位置を決める。右手で弾を銃身に装填する。その手をシャツの裾で拭く。すかさず左手に息を吹きかける。折れていた銃身をカチャッと合わせる。両手で銃身をもち額にあてる。動きながらイメージを作ること数秒。「フォァー」(と私には聞こえた)と低い声を出す。数秒後(ルールでは声が出てからアットランダムに0〜5秒後)クレーが飛び出す。それを見事な銃さばきで撃つ。飛び出てくる薬莢を右手でたたき落とす。全て儀式のようである。
 
 クレーは2カ所から飛び出てくるが、左から一発だけ出てくる時と左右から同時に2発出てくる時があるが、撃つ場所によって決められているようである。撃つ場所は8カ所あり、8カ所合計で一人25発撃つ。一組が6人で編成されており、おおよそ30分で1ラウンドが終了する。それを4ラウンド、計100発撃つ。時間は5時間以上(この日は5時間20分強)かかる。長丁場である。
 
 見る側には全く日陰がない。彼は撃ち終わるとどんな小さな日陰でも探し、そこで集中を切らさず身体をいたわっている様子が見て取れる。彼を追う私の目と彼の目があった。私は思わず目をそらした。怖さにとても耐えられない。あのような目は100mのスタート前でも見たことはない。
 
 1ラウンド終了。24発的中。
 監督ははずした一発について、「完璧を求め、集中しすぎた。」と厳しい一言。
 
 1ラウンドを見て、あまりの暑さに涼が欲しくなった私は、監督・選手控えのテントに戻った。
 「どうぞかけてください。」
 日陰に椅子を移動してくれたその人は、
 「暑いですね。冷たいモノをどうぞ。何がいいですか?」と言って、持参のクーラーボックスを開け、スポーツドリンクを私に手渡してくれた。
 先ほど、私が思わずそらした鋭い眼のその人は、同じ人物とは思えないやさしい眼をしていた。そう、野崎選手だったのである。
 「野崎、試合中は自分のことだけ考えなきゃ駄目だろ!」と監督。
 「いや、そりゃそうですが、遠いところから朝早く来ていただき、この暑い中立って応援してくれているのですから、選手としてはこれくらい当然ですよ。」と立ったまま自分の意思を的確に嫌みなく伝える。
 
 ホッとした。(こういう選手がいるんだ。)
 それにしても、今まで出会った陸上競技の選手にこんな選手いたかな。
 
 第2ラウンドの時間が近づくと、彼は「じゃ私も一本」と言って、水を取り歩き始めた。
 
 野崎選手が2005年度全日本チャンピオンであることを知ったのは、その直後であった。そして、仕事の都合で全日本の合宿もなかなか参加できないということも…。
 
 参った。もう一度書く。こういう選手がいるんだ。
 清永監督に似ているのはこんなところだった、と気付いた。厳しさの中に謙虚さがある。
 集中して競技に没頭している時の眼は鬼のごとし、競技から一歩離れれば、(人のためには何でもする)仏の眼のごとし、である。
 
 彼は100発中、94発がクレーを射抜き、個人優勝をした。彼の一挙手一投足を観つめた、私にとってこの夏一番熱くて暑い日であった。
 
 国体の本大会は、この100発が3日間続くという。
 「3日目の最終日は緊張しますね。朝飯を食べる手が震えるんです。そんな姿格好悪くて人に見られたくないじゃないですか。必死に隠すんです。
 (高い金を出し、こんな思いをしてまで大会に参加しなくも良いじゃないか)っていつも思うんですが、また出たくなっちゃうんですよ。」
 スポーツは麻薬か?
 
 また応援に行ってみたい人が増えた。
 

◆軟式野球  8月18日(土)午前・県営大宮公園球場

 記憶に残る景色の中を歩いていたが、思い出せない。公園内の池を見て、いつ来たのか、何で来たのか、必死に思い起こそうとしていた自分の目に見覚えのある旅館が映った。
 (1984年、2度目の関東高校総合優勝の時の宿舎だ。)あの日の出来事が走馬燈のように浮かんできた。
 実は野球場を間違えて、たどり着かないでいたのである。
 おかげで、すぐに場所がわかった。
 
 野球を見るのは好きである。今回は軟式であるが、国体を目指すチーム同士の戦いであるからレベルは高いはずである、と楽しみにしていた。
 試合が始まって、
 (あれ、物差しがない)と思った。
 プロ野球、東京六大学野球、高校野球、硬式野球なら愚息の受けうりもありレベルがある程度わかる。しかし、今回はどのくらいのレベルかを測る物差しが私の中はもちろん、周りにもなかったことに気付いたのである。どれくらい強いのだろうか。
 
 応援するだけではおもしろくない。何か探して帰りたい。レベルを探っても仕方ない。
 
 そうなると、勝負好きの本能が頭をもたげる。
 今日は“野球における勝ち負けの決定的要因”は何かを見極めて帰ろうと思った。

 野球選手として個の身体能力や技量、チームプレイに加えチーム内の心の持ち方など、勝つためにはたくさんの要因がある。さらに、相手チームの特徴や戦術上のクセ(データ上の策戦の出現率)などへの対応が加味される。
 しかし、これらは試合前に終わっていることかもしれない。
 試合が始まれば、「ヒラメキ」「カン」「ヨミ」などが問題なのである、特に監督のそれが大切なことは言うまでもない。

 学生時代、合宿所でテレビのプロ野球中継を見ながら一球ごとに投手の「球種」「コース」「ストライクorボール」、打者の「ウェイティング」「ヒッティング」などのリザルトを一瞬のうちに予測するゲームを連日のようにしていた。これはジャンケンを複雑にしたようなもので、なかなかおもしろかった。おもしろかったがつらかった。
 
 野球は3アウトで攻守交代するのは選手のためでなく監督のためにも必要であると思った。試合のスピードに脳がついて行けなくなり、集中力が持続しないのがよくわかった。   
 
 私はこのゲームが実に強かった。連日コークをごちそうになっていた。(?)
 今でも、高校野球を見ながらかなり高い確率で投手の「球種」や打者の「待・打・犠打」を言い当てていることは、一緒に見ている方々が証明してくれる。

 余談だが、若い頃、スポーツ指導者として向く競技向かない競技、というテストを受けたことがある。
 私が指導者として向く競技の1位は野球、2位がバスケットボール、3位にやっと陸上競技だったと記憶している。
 陸上競技と同じくらい野球にのめり込んでみたかったと思うこともあるが、所詮タラレバの話しである。

 もっとも、完全試合をやられるほどの状況であるならば、上述の内容はご破算で願うことになるわけだが…。
 「練習試合で江川(作新学院)と投げ合って互いにノーヒットノーランだったことがある。」と石田真氏(足利工業高校〜阪急ブレーブス・ドラフト1位指名、故人)が話したことがあるが、そんなことは希と考え、今後の野球観戦の参考になれたかと思う。


◆テニス  8月18日(土)午後・大宮第二公園第一テニスコート

 あるスポーツフォーラムで、「日本の指導者は選手のスタミナがないと、走れ!走れ!!とフィジカル面で解決しようとするが、実は脳がスタミナ切れし次のプレイの思考回路が切断されているのではないか?」という問題提起をされたことがある。異論はない。

 テニス競技は個の脳と個の脳の闘いである。もちろん、素晴らしい身体能力や技量がなければゲームにならないのはもちろんであるが…。
 サーブを入れる。レシーブする。ラリーが始まる。相手のミスを待つか?こちらから攻めるか?攻めるならどう攻めるか?脳が瞬時の判断をし、身体に命じる。身体は脳の命令を受け、自己の持つフィジカル&スキルを瞬時に凝縮し反応し対応する。
 
 フレッシュなときはフレッシュな状態で対応するのはもちろんだが、疲労困憊になったときの脳の力が勝負の行方を決定する。

 テニス競技は意外にプレイが小間切れである。そこで疲労の回復をするわけだが、身体だけでなく脳も休ませ、勝つために関連するホルモンをどんどん出させる特殊な能力が必要であると強く感じた。
 
 身体にこだわらず脳の問題として鍛え方を探る必要があるということに気づいたこの日の午後であった。
 
 観戦時はプレイヤーの派手な声に騙されず、サーブの速さに息を呑まず、ラリーからいつ攻撃に転ずるか、見る側としてそんなゲームへの参加があってもよいのではないか、と会場からホテルまで1時間近く歩きながら観戦時のポイントをまとめてみた。


◆馬術 8月19日(日)・山梨県馬術競技場(山梨県北杜市)

 今大会の本部宿舎は“さいたま新都心”であった。馬術競技は中央線・小淵沢駅下車、車で10分弱の所にある。宿舎を6時15分に出発し、9時40分に馬場に到着した。

 高校時代に読んだ「心の風物詩」(たしか宮城音弥著だったと思うが定かでない)の中に中央線の景色の素晴らしさが書かれていた。以後、中央線に乗るたびに景色を見るのが楽しみであったが、今回小淵沢に降り立った時にあらためてその素晴らしさを感じた。
 
 馬術競技場は小淵沢駅よりさらに高地にある。
 そのロケーションは形容しがたいほど素晴らしい。
 一般観客席から馬場を臨むと、正面に甲斐駒ヶ岳、振り返れば八ヶ岳である。
 目の前には日本を代表する選手がピカピカに磨き上げられた馬に颯爽とまたがり、見事な手綱さばきに加え下肢全てを使い馬体に直接話しかけながら、巧みな重心移動で馬のおもりにならずに走らせ、ジャンプを繰り返させる。
 
 この日は朝からピーカンであった。(ピーカンとは映画撮影の用語で快晴のこと)
 真夏の太陽がジリジリ降り注いではいるが暑さを感じない。高原に風がわたり、木々がゆれている。
 山梨県は何と贅沢な場所に馬場を作ったものだ。こんな所に陸上競技場も作って欲しい、などと、いつものように狭い了見が浮かぶ。馬場だから似合うのだ!と自らに言い聞かせる。
 来年の夏は馬術の競技会に合わせてこの地を訪れ、このロケーションを満喫しながらビールを飲んで、翌日は乗馬などできないものか、などと夢をみた。
 
 さて、馬術競技である。競馬ではない。しかし、専門用語は限りなく競馬サークルで用いるものに近い。というよりほとんど同じである。例えば「ボロ」、例えば「トモ」。競馬好きな私にとって、多くの人が話す内容をほとんど理解できる。何かたまらずうれしくなってくる。
 しかし、今回は栃木県の総監督で来ている、遊びにきているわけではない、と言い聞かせる、が、自分が幸福の絶頂にあることは否めない。

 練習馬場に目を移す。陸上競技で言えばサブトラックである。
 かなりの時間走っていた馬が汗を腹部からボタボタ垂らしている。
 能力の高い、優秀な良い馬は騎乗者を変え、一日に数度試合に出ることもあるという。走ることが好きと言われる馬にとっても辛い日はあるのだろう。ホースマネージャーから「日陰に」の指示が出る。
 
 そして、競技開始。乗役の下見はあるが馬の下見はない。出番を待つ間、もう一度走り、障害物を跳んでいる。そして、馬場に入る。馬にとっては、いきなりの競技開始である。
 
 正直驚いた。こんな難しい競技もあるのだ。何しろ、言葉は通用しない。その中で、意思を伝えるのだからたいへんだ。
 馬術競技関係者の苦労を考えれば、陸上のコーチングなどは何てことはない、などは言い過ぎか。
 
 私の見た競技は成年男子標準障害飛越競技。栃木の代表はゼロ号騎乗の広田龍馬選手(シドニーオリンピック日本代表)とトップギアT号騎乗の増山誠倫選手(昨年度日本チャンピオン)で、国内では自他共に認める超一流選手。
 「内国産馬で良くやるな」の声が他県の関係者から聞こえ、嬉しくなる。トップギアT号は北海道生まれの中央競馬育ちなのである。
 
 競技は規定時間内で障害を落とさずにフィニュッシュした人馬のみジャンプオフに出場できる。ジャンプオフはタイムも要求され、緊張感が倍増する。見ていて実におもしろい。
 栃木は2人(2頭)ともジャンプオフに進出したが、結果は広田選手が最終障害の進路取りを誤った(?)らしく減点、増山選手は減点なしでゴールしたが優勝者の30秒49から1秒38遅れの3位であったが、この競技の団体成績はトップで終えた。
 
 競技中に聞いた関係者の発言を二つ紹介します。
 「あまり気合い入れて行きすぎるな、踏み切りが近くなっちゃうぞ」
 「踏み切りが遠いぞ、トモを引っかけるぞ」
 どうですか、陸上競技のハードルを見ているときと同じ会話が飛び交っているのです。
 
 あの大きな馬を操り走り・跳ぶことは爽快だろうなと思いながら、遠方まで来て見た価値はあったとすっかり満足し中央線に乗り込んだ。
 

◆ラグビーフットボール 8月24日(金)・熊谷スポーツ文化公園ラグビー場

 ラグビーフットボールは3年前に開催された“さいたま国体”の施設を使われて実施された。ここは自宅からも1時間以内で行くことができる。
 早めに到着したのでアップを見たいと思うが、栃木チームが見あたらない。今年のメンバーは國學院栃木と佐野高校の連合軍という。監督は佐野高校在職中の教え子になる藤掛教諭(佐野高校〜早稲田大学〜ワールド〜小山南高校〜現・佐野高校監督)であることから、是非とも激励したい。そんな思いでいるのだが、どこにいるかわからない。随行の者もわからないという。開始時刻が迫ってきた。
 ラグビーフットボールは陸上競技のように開始時刻に合わせて招集所待機などはない。開始時刻直前に栃木選抜がやってきた。挨拶を交わすとすぐに、
 「こちらで観戦してください」と藤掛監督が気を遣う。
 「いいから、試合のことだけ考えろ」と、私。教え子だけに言葉も気安く荒い。
 昨年11月、花園の予選で國學院栃木と佐野高校の緊迫したゲームを見た。その時の試合前の選手の顔から比べると、今回の試合前はおとなしい顔、優しい顔、嬉しそうな顔ばかりで、怖いまでの顔の中に澄んだ眼をしている子が見あたらない。
 相手の神奈川も同じなのか、残念ながら見に行く時間がない。
 
 元慶応義塾監督の上田氏に会い、一言二言。
 キックオフ。
 いきなり、ノーホイッスルトライを頂戴する。
 しばらくボールの動きだけ見ていた。
 相手チームは実に速い。ボールの動きが速いと言うことは、球出し、球回し、疾走、頭の展開、全てが速いということである。栃木は全く対応できない状況である。
 
 多くの練習方法があろうが、ボールの動きを速くすることから出発して練習を組み立てる発想は不可能だろうか。
 そんなことを考えているうちに、3対42のスコアで終了した。 
 

◆ホッケー 8月24日(金)〜26日(日)・飯能市阿須運動公園ホッケー場、他2カ所

 ラグビー終了。次の目的地は飯能市。本日のホッケーの最終試合開始時刻は15時。時間的に余裕はある。
 飯能と言えば元・松山高校陸上競技部監督の原島先生。ホッケーの最終競技開始前までの間にご自宅を兼ねる「喫茶・アリス」をおたずねすることは事前に決めていた。ただしノーアポ。失礼かとは思うが、原島先生のこと、そのための準備をなされることは間違いない。いなければ名刺を置いてコーヒーを飲んで…。そんな計画を立てていた。
 
 圏央道に入るまでは順調に進んでいたが、高速道路でパタッと流れが止まった。工事渋滞と出ている。目的地の日高狭山ICまであと5km。イライラしながらも何とか出口にたどり着く。飯能ゴルフ倶楽部を右手に見ながら、青木功がいたころはこんな町の中のゴルフ場ではなかったろうな、などと関係ないことを思う。
 原島先生のお宅にうかがうのは、ソウル五輪の最終合宿が富士吉田で行われることから(今回の世界選手権の最終合宿と同じ)、途中休憩させていただいて以来か。奥様は私の顔を覚えていらっしゃるかな。それにしてもこんな町の中だったかな、双柳(地名)は。
 裁判所前のT字路を左折するとすぐに「アリス」の看板が目に入る。駐車場に入れ、車から降りる。アッと驚く。原島先生が立っている。聞くと、「用足しに出ようと思ったら、綺麗な色の車が入ってきた。ナンバーを見ると宇都宮。珍しいな、と思っていたらサングラスに口髭をはやした真っ黒な男が降りてくる。よく見たら奥澤さんだったので、とびっきり驚いたよ」とのこと。さっそくがっちり握手。試合開始まで2時間ある。中に入り奥様に挨拶。用をすまして戻られた先生と積もる話しをしていると、「俺も応援に行くよ」とまたまた感激のお言葉。大澤選手(ソウル五輪100m代表・松山高校〜早稲田大学)を引っ張ってトウトレーニングに使用した250ccのバイクで先導していただき、会場へ。
 
 おかげで、本日、栃木は全ての試合で勝ち、明日につながる。
 「今夜は出られる?」と原島先生。
 「もちろん大丈夫です」と私。
 
 約束の時間にお車で迎えにきていただき、知り合いの店に。
 「牛刺し」「鹿刺し」「鰻重」をいただく。店主は狩猟家で、元クレー射撃の選手でもあったとのこと。
 原島先生とは強化の話、店主とは犬の話で時間が過ぎる。
 
 原島先生の純粋さは並の高校生では勝てまい。
 強くするのは指導者だとあらためて思う。
 指導者が「純粋な精神」を蒸留し、「迷わず本気」で選手にぶつかる。純粋な選手がそれをみて何かを感じとり「本気で信頼」し、至極の実践力が生まれ、その結果人間の総合力が高まり、競技力も高まるのである。つまるところ本物の教育がなければ選手は育たないのである。
 
 なぜか、自分の精神が洗われる。どうせなら、この三日間でしっかり洗って帰ろう、と思った。

 ホッケーの話しをしなければこの稿が終わらない。残念だが原島先生の話は後の機会で。
 
 私の従兄弟は法政二高から東京農大に進みホッケー(キーパー)一筋。小野学園高校に奉職後もホッケー指導にあけくれ、今回は副教頭の立場にありながら東京都少年女子監督で参加していた。帰るまでにはあえるだろう、と電話をかけないでいた。
 宿舎に戻り、明日の予定を確認すると、少年女子準決勝の組み合わせは栃木VS東京である。
 マァいいか、そんなこともある。これからは心にニュートラルコーナーを置くことも必要だ。
 
 ホッケー競技はおもしろい。実に人間的なスポーツである。フィールドを走り回りながら、スティックでボールを支配し、奪い、パス、シュートする。しかもスティックは片面しか使えない。サッカーもラグビーも同じくらいの広さのフィールドを走り回るが道具は使わない。だから、ホッケーを人間的と表したのである。
 
 少年女子は今市高校が勝ち、本大会の出場権を得た。
 昔ハンマー投げをしていたS君が今市高校の保護者会会長として応援しているのに気付いた。私も驚いたが、彼も驚いたらしい。しばし、JUVY顧問の北山氏やスポンサーの田名網氏、ライバルのKや後輩のNの話で懐かしい話しを楽しんだ。
 
 成年女子の戦いを見ていると、先の世界選手権200mに出場した神山選手に風貌、走法がそっくりな選手がいる。実に目立つ。
 聞くと、栃木の小森皆実(こもりともみ)という、日本代表選手とのこと。さすがに北京五輪JAPAN代表候補である。小柄ながら素晴らしい動きで、まさしく縦横無尽に動き回っている。筋の付着も筋の位置バランスも申し分ない。
 もう一人目立つ選手がいる。プログラムを見ると駒澤李佳(こまざわりか)選手である。ボールを追う眼の輝きが端正な顔立ちを一層引き締める。
 
 栃木は決勝で苦戦しながらも延長(ゴールデンゴール)で1点をもぎとり辛勝した。
 
 終了後健闘を称えにベンチに行くと、いきなり選手全員が円陣を組み、一言お願いしたいと言う。あまりにもとっさの出来事で遠慮したが、ぜひ、とのこと。
 
 「私は陸上競技を専門にしています。従って、勝敗はもちろんですが、今日は皆さんの走りに注目していました。素晴らしい走りをする選手が何人かいました。しかし、まだまだ皆さん速くなりそうです。ところで、今日は国体出場が決まっておめでたいわけですが、皆さんはもっと上を目指し、北京五輪はもちろん、国際的な選手を目指していただくことを望みます。」
 
 話し終わると近づいて来る選手が二名。小森選手と駒澤選手であった。
 
 「素晴らしい走りをしているのはあなたたちですよ。小森さんは世界陸上出場の神山選手に似ていますね」と話すと、
 「でも私、200mは遅いですよ」とナイスジョークでにっこり。
 「今からでも足は速くなりますか、どうしたらよいですか」と駒澤選手。
 「ホッケーは上半身を前掲して走らざるを得ないから、腸腰筋群の縮め方のコツをつかむと良いと思います。いくらでも速くなりますよ」と私。
 「勉強します」と二人。
 
 こういう会話は気分が爽やかになりますね。
 
 飯能では多くの人に出会い、何か得をした気分で、帰りの運転も苦痛を感じませんでした。
 ホッケー素晴らしいスポーツです。皆さん積極的にご覧あれ。
 

 
 世界選手権もあっという間に終わりました。本来なら“四季の風”で特集しなければならないのでしょうが、多くの方々の目に触れる場での評論は控えたいと思います。
 ただ言えることは、関係者はきちんと総括し、公的な場面で負の部分も述べて欲しい、ということです。
 私自身、大阪には行っていませんが、いままでとは異なるモノの見方ができるようになったのではないかと実感できた8月でした。
 

 夜が長くなるからか、実をつけた稲穂が長く伸びることからか、九月は長月といいます。
 暑い夏を乗り越え体調が整えば、長い夜の過ごしかた一つで、思わぬ収穫があります。
 望ましい生活習慣を確立し、食生活に気を使い、生きている実感を味わってください。
 
 私的には、「白玉の歯にしみとほる秋の夜の 酒はしづかに飲むべかりけり」(若山牧水)ですかね。

       
Vol.1 JUVY 創 設
Vol.2 理想の指導者とは
Vol.3 素晴らしき指導者
Vol.4 回顧・2005年
Vol.5 新春は箱根と共に
Vol.6 凛として颯爽と
Vol.7 眼のつけどころ
Vol.8 視点・感点
Vol.9 思い出に残る一言
Vol.10 新たなる旅立
Vol.11 JUVY誕生
Vol.12 春のスポーツシーズン到来
Vol.13 指導者としての実践力とは
Vol.14 ジュニアとシニア・その1
Vol.15 ジュニアとシニア・その2
Vol.16 わたしなりに言いたいことを…
Vol.17 「眼に見えない力」
Vol.18 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その1」
Vol.19 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その2」
Vol.20 「トーナメント・有限と無限の交差点」
Vol.21 「定石とひらめき」
Vol.22「合同練習会」
Vol.23「国民体育大会」
Vol.24「心・技・体」
Vol.25「再興」
Vol.26「神在り月」
Vol.27「修行」
Vol.28「言霊」
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Vol.30「影響力」
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Vol.32「我家の凜氣」
Vol.33「食」
Vol.34「インカレ」
Vol.35「2007年 JUVY TC前期総括」
Vol.36「今日まで、そして明日から」
Vol.37「国体関ブロ観戦記」

Circle-JUVY General Manager OKUZAWA Yasuo