Vol.35(2007. 7. 8.)
【文月の八】
 「2007年 JUVY TC 前期総括」
 
 箱根駅伝が終了して半年が経ちました。時の流れるのが速すぎます。


                     (1)

 7月は棚機月と呼ばれることもあるそうで、七夕の笹に文を結びつけるところからという説があるそうです。ロマンチックですな。
 今月は、そろそろ稲穂に実が付き始めるところもあるようで、文月は実を含む「含み月」を語源とするほうが現実的です。
 皆さんは前期のシーズンで、今年の豊作が期待できるような実がつきはじめたでしょうか。小さくても良いのです。見えなくても良いのです。必ず花は咲き、実はなるはずです。


                     (2)

 私が直接観ることができた試合の一部を、各月ごとにマイメモから抜粋してまとめてみました。JUVYのマル秘部分まで公開することはないのではとも言われましたが、器は常に一杯にせず、捨てることはとても大切なこと、との考えから述べさせていただきます。

4月 
目標:冬の間に開発された能力を確認するための試合であること。
確認された能力を発揮するための試しの試合と位置づけること。
出場した試合の結果、今後改善しなければならないことを発見し実践すること。

 
 15日 栃木県春季大会
 斎藤仁志 100m出場(向風2.0mをつき10秒60で圧勝)  
◆ 膝上げの意識が強く、接地が雑。もう少し、早めのタイミングで膝を下げ、下腿を自由にさせてやらないと前に進むスプリント本来の接地とはならない。
 地元での好記録をもくろみ、心の力みが身体に出ている。調子を高めすぎないことが大切。 

 
吉永一行 Long Jump出場(7m19で優勝)
◆ 跳躍練習をしていない割にはまあまあの結果。跳躍練習とハードル練習を計画的に実施することが必要。  

 21日 栃木県春季大会
 平井優季 Long Jump出場(5m47で優勝)
◆ スピードはついているが、走りの動きが小さい。跳びたい心が表に出すぎて、助走に落ち着きがない。踏切では前方への回転力が働き、着地で突き刺さる。
  大きな動きの助走と、それに基づく7歩前のリズムを変える必要がある。


 22日 栃木県春季大会
 吉永一行 110mH出場(追風0.7mの中14“49で優勝)
◆ 抜き足はコンパクトに。その際、上体を開かない。着地は壁押しに類似させ、抜き足は絶対に振り出さない。デップとインターバルの姿勢の切り替えが課題である。
ただし、遠くから踏み切れる、インターバルで脚が回せることができることは大きな魅力である。


 28日 筑波大学関東インカレ最終選考競技会
 斎藤仁志、品田直宏 100m出場
◆ 斎藤は春季大会に比べ、動きはまとまってきたが、接地が不安定。スタートもすっきりと出ていない。しかし力は証明されつつある。
 品田は60m以降の走りをまとめる練習を取り入れ始めないとインカレに間に合わない。

 
 30日 静岡国際陸上競技大会
 斉藤仁志 200m出場(予選で追風1.8mに助けられ20“79)
◆ 予選のスタートの反応は良いも、ダッシュにメリハリがない。
  決勝前はアップをやりすぎているのではないかと感じた。私が「仕上がった」と言っても、不安で走ってしまうところが、互いの視点感点が完璧でないし、彼自身の心身の掌握が完全でない証拠。
 シューズでの流しも、接地での微妙なスリップを誘発してはいないか。ミネラルの摂取方法もあろうが、アップの仕方が決勝での痙攣となったと考えるが、谷川コーチからは接地を変えるように指示在り。両方を並行して改善していくことが大切である。  

 
 その他  
 矢代好調!三段跳で確実に結果を残す。
 安田自己新!やり投の神髄に一歩近づく。      
 佐野高校スプリント不調。体力がアップしていないが、ここでいう体力とは専門的体力であるが、Jr.コーチ陣を信頼するしかない。
  
 総括: おおよその目標は達成。ただし、今月の流れを来月に反映し生かせるかどうかは、選手の感性。まさしく、体験と感性が試される月が訪れようとしている。
   

5月 
目標:インカレや高校総体は特別な試合であること。
未だ眠っている神経を目覚めさせ、動員しなければ通用しない試合が続くこと。試合当日の自分が走り・跳び・投げる時間帯に最高のパフォーマンスが出せるウォーミングアップを実践すること。


 
5日 国際グランプリ大阪大会
 U−23JAPAN代表4×100mR@品田直宏、A斎藤仁志が出場

◆ 品田は塚原(東海大)に勝っていったように見えたが、スタート前の練習では力みがなく、本番の時より走れていた。本番でのリラックスが課題である。
 斎藤はサブトラックでの走りでは、前に進んでいなかったが、仕上げのドリルで変わった。スタート前の流しでは末続にひけをとらないくらいに進んでいた。こちらは本番では脚が後方で回り、80mから失速した。インカレを考えると複数日はもちろん、1日の中でのピーキングに加え、数分の中でのピーキングも解決していかなければならない。


 12・13・18・19日 関東学生対校陸上競技選手権
 斎藤仁志
◆ 100m、200mともに3位は私にとっては想定外の悪さであった。
 100mは右腸腰筋付近の違和感、200mはインレーンの影響か? 
 ウォーミングアップでスプリントスピードを一気に上げることはできているが、上げたスピードを持続するイメージが不足してはいないか。スタートダッシュもスムースに加速される感じを身につければ、さらに安定すると思われる。
 
     
 ※ あの状態でよく闘ったと言うべきか、まだまだ弱いと言うべきか。
 ただ、絶対に言い訳を言わない事は、素晴らしい精神性を獲得しはじめたと感じた。

     
 品田直宏
◆ 幅跳びの練習不足。フィジカル面の回復力に関するスタミナ不足か。

  矢代雄紀 
◆ 見事な助走で素人が跳んだ。ユニバーも夢ではない。
  全日本インカレまでに、さらに思い切った助走に取り組めば間に合うかもしれない。というより、今の矢代を伸ばすのは今なんだ、と思う。全日本インカレ前に佐野で一度練習をすれば間に合うかもしれない。

     
※ インカレで落ち着いてアップができるか心配であったが、素晴らしいアップをしていた。内容は企業秘密であるが、これを見て「15m70〜80は行く」と伝えた。
 どのような闘い方をするのか、助走路と同じ目線の場まで降りて、全ての試技を、自分の感性で見てみた。
 実に楽しく跳ぶ奴だ、と見ていて嬉しかった。

     
 15日 県高校総体
◆ インカレと日程がかぶり、この日だけしか見ることができなかった。三段跳とマイルリレーであったが、皆不安な心が表に出ている。
 自分たちがやってきたことに自信が持てなければ、最後の最後に自分を信じられるわけがない。やらされて育った選手が多いな、と感じた。
  指示系統が2つ以上在るのも、もてる力が分散されているようである。 


総括: インカレや高校総体を特別な試合として受け止められた者が何人いたろうか。
始まる前に覚悟を決められた者が何人いたろうか。
浅い知識と反省のない体験の積み重ねでは、感性は育たない。
今回勝ち残ったメンバーは6月に集大成が訪れる。      


6月 
目標: 前期シーズンの集大成。昨年までの智・験・感に加え、本年の新鮮な智・験・感を生かし、人としての総合力を発揮することができるか。
夢を現実にかえるため、見えない力があることを信じ、見えない力を発揮することができるか。

    
 8.9.10日 日本学生対校陸上競技選手権大会
 斎藤仁志
◆ リレー競技はメンバーそれぞれが与えられた区間をできるだけ速く走り、バトンパスでは見た目のミスをなくすことが目標である。その点、斎藤は常に一気に行き過ぎているように感じてならない。
 個人レースを走る前の集中力は凄まじくなってきた。この集中が戦果をもたらしていると思う。
 日本選手権はどうなるかわからないが、世界選手権の切符への挑戦権を得たと思っている。


※ 試合の日の朝、私は左ふくらはぎに痙攣をおこした。準決勝のアップ終了後強烈な下痢に襲われた。これは何かある。そう思った私は、準決勝2組のレースを観察〜分析し、決勝をシュミレートした。
 その結果、斎藤へのアドバイスは「簡単には勝たせてくれない。(神山の後半の強さを、私は斎藤が思う以上に知っている。)前半で勝負を決めてやる、と決めつけない方がよい。」であった。ちなみに、準決勝の100m通過は斎藤10”36(予選は10”29)に対し、神山10”42(予選は10”46)であった。どれくらいの状況で(心と体)走っていたかは数値には出せない。だからこそ、カンでしか言えないのである。
 決勝前のアップでは、斎藤は分刻みできっちりとやるべき事をやった。特に、仕上げのスタート練習は圧巻であり、谷川コーチ、品田先生と勝ちを確信した。
 決勝終了後の斎藤の言葉は「先生にはあのように言われたが、前半で勝負を決めてやると思った。」である。しかし、150m過ぎから痙攣に襲われ、彼にとっては遠慮しながらのスプリントで逃げ切った。やはり、私の朝からの予感は当たっていたのである。


 矢代雄紀
◆ 踏切を合わせることはできても、スピード感の高い伸びのある助走をするということの安定感には欠けていた。しかし、5〜6本目の助走は、佐野の練習を具現化できた。世界に通じる三段跳びの助走をした。(矢代談:「3本目までは助走の出足を変えてみた。しっくりこないので、元に戻したら助走全体の感覚が戻った。」「実は風邪を引いたらしく、あまり調子は良くなかったのです。」)
 斎藤の前半のスプリント同様、見ている者に感動を与えた。オリンピックの標準記録に挑戦するための対策が浮かんできた。
 結果を知った斎藤から「彼はどこまで跳ぶのだろうか」というメールが届いた。第1日目の矢代の健闘はJUVYの火付け役になってくれたであろう。持てる力を発揮する者が身近にいるということは、限りない勇気をもらえることになるからである。 

※ 彼は間違いなく緊張していた。彼が競技場に来て座った場所は、私の座っている場所から数m先。そこから、私にアップ開始時刻のメールを送ってきたのである。
 そのような時は、アップも仕上がりが早い。アドレナリンが出まくっているのであろう。プログラムを見て西日本勢に記録を出している者が多くいることを知ったことも、彼を異様な興奮状態にさせたのかもしれない。
 1週間前に二荒山神社で買ってきた塩を与えて招集所に送りだした。(終了後、「6本目は塩で跳べました」と言ってくれた。)
 1本目が終わり助走路に行ってみると、ボケッと立っていた。
 「踏切足が動いていない。脚の神経系を呼び覚ますドリルをせよ。」
 「この間やった練習の助走ができていない。6本目までに調整していくこと。」のアドバイスをした。
 私としては、結果的には「16m跳べる」と言ったことがホラにならずに安堵した。
  5本目はつぶれたが、あそこできっかけがつかめたと思っている。
 ユニバー代表の夢は消えたが、そのことが彼のやる気を刺激し、今シーズンの計画が明確にたてられたので益々楽しみになってきた。酒もつきあえるし(品田や斎藤は飲まずにつきあえます。)話しもわかるし、戦績も素晴らしくなってきた。
  まさしく次年度以降JUVYの看板になりそうである。

       
 品田直宏
◆ 2本目の7m86は踏切板に乗っていなかった。
 6本目は実測8m10であった。
 これを、残念と言うべきか、日本選手権のリハーサルであったと考えるべきか。当然後者でなければならない。
 何よりも、6本終了後すぐに向かった4×100mRでの素晴らしい走りである。
 これが大学4年生、これが筑波の主将である、と胸が熱くなった。
 父君と私は34年前を思い起こした。感慨深い思いを味わった。
 このような若者と知り合えた運命は不思議さを通り越し、人の出会いの神秘ささえ感じた。


※ 思い起こせば3年前。JUVYの前身であるSYO TCは日光で合宿
をした。当時筑波大学1年生の品田と国士舘大学1年の海老原、群馬大学2年の吉永らに混じってインターハイに出場することができなかった鹿沼高校3年の斎藤がいた。
 その時の誓いは「そろって日本代表」であった。
 また、その時利用した宿舎の料理長は(今から考えると不思議な縁と言わざるを得ない)矢代の父君であった。
 さらに、その時の指導者は、今回のインカレ終了後、ユニバシアード代表の吉報を一緒に待った、西藤先生、品田先生、そして私であった。
 そんな仲間が、3人同時に日本代表になった。
 その報が飛び込んだ瞬間、私の曲玉付きの翡翠のブレスレットが壊れた。何もしないのに鉄線が突然切れた。
 総括して、3年前の合宿から今日まで、名もない斎藤を心の底から面倒を見てくれた品田のリーダーシップとフェローシップ精神を私は高く評価したい。   
 来年は、矢代を含めた5人で、一緒に日本代表を目指したい。
 来年の日本代表とはオリンピック代表であることは言うまでもない。自立と信頼の心を磨き、感謝の心を失わない限り、そのことは決して夢ではないと思う。


 16〜18日 関東高等学校対校陸上競技選手権大会
 JUVY Jr.全般雑感
◆ 人生には浮き沈みがある。当然、組織にも同じことが言える。
 昨年のJUVY Jr.は奇跡的なことを続けながら、大活躍した。
 その反動が今年出たとは言いたくない。
 船渡川は三段跳で平井は走幅跳で全国への挑戦権を得た。渡辺先生率いる真岡女子高校の選手も3人が全国大会への出場権を得た。
  試合を観ていながら、今年のJUVY Jr.選手はおとなしいと感じた。
 また、指導陣の要求する動きが出てこない。つまり、気持ちが乗り移っていないことも気がかりであった。
 ただし、これらのことを選手のせいにしたくない。その要因は指導者の伝承に関する努力不足であると考えたい。「師は弟子の8倍の努力をせよ!」(中村清)
水中から高く浮き上がるためには、水中深く沈みこむことが必要である。そのためには思い切って高いところに登り、そこからダイビングする必要がありそうだ。ただし、高いところには選手と一緒に指導者も行かなければならない。
 今回の結果はある程度予想はできていた。JUVY指導陣にとっても最初の大きな試練かもしれない。大学生が活躍しているから、Jr.が不振のように思われるかもしれないが、普通の力は出したと考えている。
  しかし、高校生は何を求めてJUVYに入会しているのか?ということを指導陣は反省しなければならない。
  日本選手権が終わったら、私も原点に戻り佐野での活動を中心にしていかなければならない、と思った。

※ 集大成とは何か?
 S高校主将のN君は野球部から転部し、やり投に活路を見いだし、
小柄な身体に加え故障とも闘いながら、関東大会に2度出場した。そんなことよりも、不振と言われる平成19年S高校の苦境を必死になって支えた素晴らしいキャプテンであった。
 同じくO君はボート部からの転部生である。ハンマー投に自分の置
き場を求めてきたが、関東大会では3回ファールで敗退した。しかし、ハンマーの魅力にとりつかれたとみえ、大学でもハンマー投を続けるという結論に達した。素晴らしい進路選択である。
 彼らは高校の陸上競技で彼らなりの集大成を残したと思う。
 N君はチームをまとめた、ということに関して、O君は新たな生き様を見つけられた、ということに関して。
 彼ら高校3年生にとっての集大成とは目に見えることだけではないのである。そんな事を、大人が認めてやらなければ、我々は大人として認められないのではないか。ふとそう思った。


 29・30日 日本陸上競技選手権
 斎藤仁志
◆ 日本選手権という個人としては最も重要度の高い大会前にサッカーの授業で膝を痛めた。痛み止めを使いながらおそるおそるの練習は、これまでの疲労を抜くのに丁度良いと、都合良く考えようとしたが、恵みの怪我にはならなかった。やはり、何も悩みをもたずに、元気なときに心身の回復させなければ流れには乗れないのである。
 予選では自己新、筑波大学新、世界選手権B標準2度目の突破であったが、あいもかわらずふくらはぎの痙攣に悩まされていただけでなく、疾走中の身体のブレが激しく、決勝が心配された。スプリントがあまりにも強引すぎるのである。 
 決勝では100mの通過が10”5近くかかり、(予選は10”22)ここで塚原との勝負が決した。今年一番の前半の悪さである。ちなみに末続は10秒1中盤で、日本インカレの決勝における斎藤のラップと大差はない。このことが、結果的に直接の敗因となった。5レーンを走っているのは本当に斎藤仁志かと思えるほどひどい前半であった。その分後半伸びるだろうと思って見ていたが、伸びるどころか苦し紛れに間延びした走りでフィニッシュした。
 結局、絶対スピードが高まらない状況のままスタートラインについてしまったようであるが、私が何とかしなければならなかったはずであり、敗因は私にある。 
 翌日VTRを見たが、日本インカレの時のような静かでありながらも、気合いの入った集中は見られなかったように思う。
 末続、高平、塚原は別格だと決めつけていたのではないか。他の者は大丈夫という油断がなかったか。高平と塚原の間でA標準突破のタイムでフィニュシュすることはそれほど至難の業ではなかったはずである。良い勉強とするには、あまりにも授業料が高すぎた。
 斎藤が世界選手権の日本代表に選ばれることに関しては、南部記念での走りにミクロの可能性が残されている。しかし、今回の教訓を糧にユニバシアードを乗り越え、どう来年のオリンピックに立ち向かうか、といことを考えた生き方が正解ではないだろうか。1年間、斎藤の人間が試されることになる。高校3年の県高校総体の悔しさをはじめ、数多くの精神的苦境を乗り越えて来た免疫は残っているはずだ。

        
※ 今回のテーマ
 今回のテーマは「身体にストップウォッチを内在し、知性と感性でライバルの動きを封じること」であった。
 身体にストップウォッチを内在させるとは、感覚的に自分が走っている時のペースをわかるようにすること。
 知性と感性でライバルの動きを封じることとは、自分の頭脳を全て動員し身体で表しライバルをねじ伏せること。
 本人は「このテーマは難しい」と言っていたが、これを理解できないと次の段階には行けない。というより、スプリンター永遠のテーマなのである。 
 今回のレースはまさしくこのテーマを解決できなかったという皮肉な結果となった。なぜもう少し具体的な目標を言えなかったか、私の悔いと反省である。
 しかしながら、具体的に何をやっていかなければならないかという事は、最終的には本人が知性と感性を高めていかなければ発見できない。体育を学びながらスプリントを追求する者にとって、当たり前のことでもある。これは大選手になるためのマイルストーンであると、負け惜しみではなく考えたい。

        
 品田直宏
◆ 世界ユースから4年たち、いよいよ世界の舞台に立てるチャンスが巡ってきたがまたしてもそのチャンスを生かすことができなかった。残念無念である。
 日本選手権の1週間前の筑波大学競技会は午後から雨。全員で競技会運営にあたるのは当然といえば当然であるが、日本選手権で世界を狙う者も一日中審判をやらされてはかなわない。何とかならなかったか。
 喉が痛いと言っていた品田は、当日、鼻声であった。助走もおかしい。跳ね上がらない。自己管理と言えばそれまでだが、周りの者達の気は回らなかったものか。筑波大学競技会翌日、喉の痛みを訴えていたが、案の定日本選手権当日も鼻声のままであった。
 やはり、悔やみきれない。試合当日より試合前のことに対して残念無念なのである。それは斎藤も同様である。
 ただし、このことを一切言い訳にしなかった品田も斎藤もほめてやりたい。偉い。私にはできない。まさしくグッドルーザーである。


総括: 空に見える無数の星。これを箒で掃こうとする少年に、「屋根に乗らなきゃ掃けないよ。でも、屋根に登ると危ないからやめなさい。」と諭す師あり。
 季は厳冬、道ばたに古井戸あり。「危険だから埋めておきなさい」という師に、少年は雪で埋めたが、春には再び井戸現わる。
 笑い話ではすまない。
 本当のことを教えられない指導者でも先生と呼ばれる。
 真の意味を理解しないで汗をかいているだけも選手として自己満足はできる。
 このようなことは現実に起きているのではないか。
 私を含め、JUVYの指導陣は今一度原点に立ち返る時期に来ている。
 関東高校〜日本選手権を見ていると、何か手をうたなければと思う。
 問題はいつ手をうつか。どう手をうつか。
 ここら辺でじっくりと時を過ごすときなのかもしれない。       
 そして、そのようなことが明日のJUVYのメンバー一人一人に見えない力をつけていくのかもしれない。



                     (3)

 前期最後のトップアスリート関係競技会は7月15日の南部記念を残し、ほぼ終了しました。
 ユニバシアードに出場する選手を除いてJUVYの夏合宿が例年通り日光で開催されます。今年はTop Athlete Summer Camp in NIKKOとし、大学生を中心に行うことにしました。
 
日光といえば勝道上人が開いた地として有名です。
 上人の生誕地は現在の真岡市とも栃木市とも言われています。上人は斎藤が生まれ育った都賀町で育ち、出流山で修行したとのことですが、いずれの地からも日光の山並みは四季折々荘厳に見えていたはずでしょう。そして、目に映る山は神の山、彼の山に是非とも行ってみたいと考えたはずです。しかし、その時代、急峻、激流に阻まれ、修行中の上人はなかなか行くことはできなかったことが想像できます。
 古来日本では、山は神霊が宿る場であり、信仰の一つでありました。従って、現代の人々にとって感覚的には、なぜそのようなことをやるのかわからないくらい、当時の人にとってはその山の頂きを踏みしめたかったことでしょう。
 782年、勝道上人登頂。その山の名は、ニコウサン=二荒山=男体山、と言われています。
 
 我々は高地日光をスポーツの訓練の場、競技力開発の場として設定をしているわけですが、日光で合宿を開催することをきっかけに霊知についても考え、霊的な力を身につける、すなわち、勝負強い競技者と言われるような、見えない力を身につけることも目的の一つとしてみたいと思います。
 
 見えない力を身につけるには、己の夢を深山の清流のごとく湧き出させることです。
 見えない力を身につけるには、感謝の心を深山の清流のごとく清きにすることです。
 こんな走りがしてみたい。こんな跳び方をしてみたい。こんな投げ方をしてみたい。
 そんな小さな夢を師や朋と語り合うことから、大きな夢がかないます。そんな合宿をしていると、自立と信頼が生まれ、それらを包括する感謝の心の大切さに気づき、見えない力となって夢を後押ししてくれるはずです。
 
                    (4)
 
 大阪夏の陣、世界選手権がおおよそ50日後に迫ってきました。世界の陸上界がどのような方向で進み、日本の現実はどうなのか、直接毛穴から空気を取り入れ、感性で確認できるチャンスが巡ってきました。
 
 さらに私は、第62回国民体育大会関東ブロック予選会の全種目を通じた栃木県総監督として、陸上競技以外のスポーツにもかかわることになっています。
 それぞれのスポーツが持つ魅力に触れることに、大きな期待を抱いています。また、別の感性が得られるよう、脳をリフレッシュしておかなければなりません。充電します。

 まもなく高校野球も始まります。そしてインターハイです。
 まさしく夏本番の時期を迎えます。
 若さとは暑きもの。暑き夏は朱色。若さとはJUVYカラーの赤なのです。

 会員の皆様、早朝に散歩やジョギングをし、シャワーを浴び、おいしい朝食から一日を始めるとともに、「して・見て・かかわって」スポーツをほどよく楽しみ、健康的な生活で夏を乗り越えましょう。
 

※ 今回の内容は、試合終了時の感想を書きとめたものです。内容には矛盾点があるように感じられる方もいるかもしれませんが、あえて内容を手直しせずに掲載しました。



       
Vol.1 JUVY 創 設
Vol.2 理想の指導者とは
Vol.3 素晴らしき指導者
Vol.4 回顧・2005年
Vol.5 新春は箱根と共に
Vol.6 凛として颯爽と
Vol.7 眼のつけどころ
Vol.8 視点・感点
Vol.9 思い出に残る一言
Vol.10 新たなる旅立
Vol.11 JUVY誕生
Vol.12 春のスポーツシーズン到来
Vol.13 指導者としての実践力とは
Vol.14 ジュニアとシニア・その1
Vol.15 ジュニアとシニア・その2
Vol.16 わたしなりに言いたいことを…
Vol.17 「眼に見えない力」
Vol.18 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その1」
Vol.19 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その2」
Vol.20 「トーナメント・有限と無限の交差点」
Vol.21 「定石とひらめき」
Vol.22「合同練習会」
Vol.23「国民体育大会」
Vol.24「心・技・体」
Vol.25「再興」
Vol.26「神在り月」
Vol.27「修行」
Vol.28「言霊」
Vol.29「夢」
Vol.30「影響力」
Vol.31「健康」
Vol.32「我家の凜氣」
Vol.33「食」
Vol.34「インカレ」
Vol.35「2007年 JUVY TC前期総括」

Circle-JUVY General Manager OKUZAWA Yasuo