Vol.31(2007. 3. 8.)
【弥生の八】 「健康」
                  
                    (序)
 
 昨年「生きる力と生活習慣」と題した陰山英男氏(※1)の講演を拝聴させていただいた。以下は印象に残った言葉である。

※1 陰山英男(かげやまひでお・立命館小学校副校長)【キーワード:陰山メソッド・全国公募校長・百マス計算・早寝早起き朝ごはん運動】

【生活習慣】 子どもたちの生活習慣の乱れにより、教師の日々の努力が報われないのではないか。

【教育力低下】 教育力を低下させる理由として、情報を過信し事実の分析をしないで教育をしているのではないか。

【学力低下】 競争して勉強している子どもたちがいるのに、子どもたちの学力が低下しているといわれる実態があるのではないか。

【道徳力低下】 毎日2時間以上テレビを見ている子どもたちが多くいる現状で、週1時間の道徳の授業で徳育が進むのか。

【学力向上】 学力を高めるためには、自分の意思を伝える語学力が不可欠であるのに、国語の授業を大切にしていないのではないか。

【学校教育】 子どもたちを「反応させ」「場に入れ込み」「集中を持続させる」ためには、教えることと学ぶことが同時進行しなければならない。
 そのようなことをやることにより、成果が早く現れるのは家庭でも社会でもない。学校という場である。

 今回のテーマ「健康」を考えるに当たって、生活習慣の確立が生きる力(※2)に多くの影響を与えていることを理解していただくために、冒頭に紹介させていただいた。

  ※2 生きる力(「健康な生活をおくるために」文部科学省版より抜粋)
    1 豊かな心や人を思いやる気持ち
    2 自ら気付き、考え、判断し、解決する資質や能力
    3 健康と体力


                    (1)

 学校だけでなく、現代社会の問題点は健康に起因することが多い。 
 例えば、
  社会では、人間関係の希薄化、精神的ストレスの増大、運動不足など
  家庭では、核家族化、父親の存在感、親と子の生活習慣、食に関する問題など
  学校では、体力や運動能力の低下、薬物や性に関する問題、いじめ、不登校、生活習慣病の兆候など
 であるが、特に学校における問題は、直接的・間接的に生活習慣に起因しているようである。
 
 「毎日朝食をとる子どもほどペーパーテストの得点が高い傾向にある」というデータがある。当然体力も同様であると推察される。
 だからといって、朝ご飯を食べれば学力が高まるわけではない。
 毎朝ご飯を食べるという事実の裏側には、本人の強い心だけでなく親の教育力もあるということを忘れてはならない。
 
 余談であるが、平成10年4月に県教育委員会に勤務することになった私は、子どもたちの生活習慣の確立を目指すことの必要性を訴えた。
 望ましい生活習慣の確立を図ることは、健康問題は言うに及ばず、「現在の学校における問題点の多くは解決することができる。」と考えていたからである。
 教育委員会に限らず多くの組織は、縦割り主義や目の前に見える課題の解決を取り扱うことを主たる業務としているわけであるから、私のような大胆かつ仮説の話に耳を傾ける人はいないのは当然と言えば当然であった。
 和歌山県南部川村(みなべがわむら)で“望ましい生活習慣に関する研究”が行われていた。山梨県立都留高校では“受験生と健康”について真剣に取り組んでいた。しかし、視察を希望した際も二つ返事で行かせていただいたわけではなかった。
 そのようなわけで、今、生活習慣だ、食育だ、と騒がれていることは、私からすれば、「何を今更」の思いで一杯である。さらには、騒がれてはいるが、生活習慣の確立の本質には踏み込まれていないのではないか、とも思っている。
 
 私は、健康的な生活習慣を続けることが多くの事で成功をもたらすであろうことは、中学時代からうすうす気付いていた。
 そのことは、大学時代に確立し、指導者になってからの佐野高校陸上競技部の成功が証明してくれた。
 生活習慣の確立は大きな目標を目指す上で不可欠なことであり、強い意志力を必要とされる。そのことは、中学時代より書き始めた日誌が物語っている。
 

                    (2)
 
 人生80年時代と言われて久しい。このような長寿社会で大切なものは何であろうか。
 
 50も半ばを過ぎ、あらためて大切なものをあげるなら、「健康」と「生きがい」ではないかと思っている。

 戦後の健康の概念は世界保健機構(WHO)で表した、「健康とは精神的・身体的・社会的に良好な状態」(WHO)と言われている。
 しかし、「健康」は時代背景やその時代に生きる人々の価値観により変わることは当然である。例えば、40年前の高校の英語の教科書に例文としてあった、ギリシャ時代の健康観の一つである「健全なる身体に健全なる精神が宿る…、云々」などは、現代では誠におかしなものと言われている。疾病と向き合いながらも健康的な生活をなさっている方のことなど全く考えていないからである。
 
 では、健康的な生活とはどのような生活をいうのであろうか。
 あくまでも私見ではあるが、私は『楽しみや生きがいを持ちながら明るく活力ある社会生活をし』『心身共に質の高い生活を創造しようと実践しつづけること』と考えている。
 つまり『健康を大切だと思う気持ち』と『健康になることが大切だと思う気持ち』を持ち続けることが大切だと考えているのである。
 
 1900年〜1960年の60年間の米国での調査によると、
 @ 毎日朝食を摂る
 A 間食をせず1日3食摂る
 B 毎日適度な運動をする
 C 毎日7〜8時間の睡眠をとる
 D 禁煙生活を続ける
 E 禁酒もしくは適度な飲酒生活を続ける
 F 適正体重を保つ、
 の7つの項目のうち6項目以上を実行してきた45歳の男性群は、3項目以下の同年齢の群に比べ、平均寿命は11年6ヶ月長かったそうである。
 
 このことは、「健康に生きていくためには何を実践すべきか」、ということのヒントになる。私などにとっては、特にEが…。まさしくセルフマネージメントである。


                    (3)
 
 健康的な生活を生涯にわたって送るためには、出来るだけ早い時期からの教育が必要である。そのための教育は、学校に限らず、家庭・地域を通して行わなければならない。
 ではどうしたらよいか。そのことについて和唐(新潟医療福祉大学教授)は、「健康教育で用いられる手法では、知識を獲得させるための伝達型の教育ではなく、自発的実践力が生まれる対話型の教育が役立つ」と述べている。
 伝達型の教育で風邪をひくメカニズムを学ぶことはできる。しかし、そのようなやり方だけでは、風邪の予防には何が大切で、風邪をひいたらどう治せばよいか、という工夫と実践力が培われるかといえば、多くは期待できない、ということなのである。
 
 そもそも、学校保健の評価の仕方が悪い。教科書通りに言葉を覚えさせ、実践力の検証などは二の次、保健の目標に迫り得ているかどうかは気にせずに評価し評定を出していることは否めない。
 
 今年の箱根駅伝ではエース区間の2区を走ると言われていた優勝候補のK大学主将が当日の選手変更でメンバーからはずされた。その結果かどうかはわからないが、T大学は最後まで駅伝特有の流れに乗れず、一度も上位争いに顔を出さずにフィニュッシュした。
 K大学が風邪対策に対して手を抜いたとは思えないし、風邪対策も知らないような部員の集まりとは思えない。当日2区に抜擢された栃木出身のU選手の5km地点の動きは申し分なかった。敗因を精神的な問題としていたが、果たして体調そのものはどうであったか。マスコミは見逃したのか、記事にしなかったのか、我々にはわからない。
 
 数年前の箱根駅伝でT大学のK監督がインタビューに次のように答えていた。
 「私は特別な指導はしていません。他の大学と同じだと思います。ただ、徹底して実行させたことは、『手洗いとうがい』です。」本来なら小学生への指導内容である。
 しかし、それだけ我国の健康教育の手法は健康に貢献できる部分が少なかったと言わざるを得ない。
 
 近年の箱根駅伝における大ブレーキといえば、数年前のW大学の2区が思い浮かぶ。
 その時、我々の車に同乗していた川越学氏(学生時代は箱根駅伝区間賞や日本学生長距離2冠を獲得、元資生堂ランニングクラブ監督)は、
 「こいつ、何食ってんだ」と、大声で叫んだ。
 指導者は、いかに健康的な生活の実践を競技者に要求しているかがうかがい知れる事例である。


                    (4)

 今年の2月2日、鳥取大学助教授國土将平氏をお呼びし、栃木県教育委員会主催で生活習慣にかかわる研究大会を開催した。國土氏が委員を務める、児童生徒の健康状態サーベイランス委員会の報告によれば、子どもたちの生活習慣に関する問題点として、

@ 夜型生活の低年齢化
 ここ30年ほどの間で起床時間は30分遅く、就寝時間は90分〜120 分ほど遅くなっている。

A 食生活リズムの乱れ
 朝食欠食率が中・高校生で10%前後見られる。

B 日常的な身体活動の不足
 現在の中・高校生は男女とも30年前の同年齢の生徒(つまり親の中・高時代)に比べ、体力が劣っている。

C ストレスの多い生活
 塾や習い事、パソコンやテレビゲーム、受験勉強や少子化などの影響による仲間作りの難しさなどがストレスの原因となっている。

の4点を指摘している。
 
 近年二極化という言葉が多く使われる。例えば、学力の二極化とか、体力の二極化とかである。
 昔のテレビ番組にあった『良い子・悪い子・普通の子』が『良い子と悪い子』だけになってしまい、『普通の子』が少なくなってしまったと考えていただければよい。
 それは子どもたち生活習慣にも表れている。
 『朝目覚めよく、飯うまく、昼は元気で、夜よく眠れ、1年中風邪などひかぬ』という良い子と、
 『朝はぐずぐず、飯食わず、昼はボケっと、夜ふかしキッド、年がら年中風邪抜けず』という悪い子の二極化である。
 本来なら、ここでいう良い子が普通の子であるべきで、よい子も悪い子もいないことが理想なのだが…。歎異抄の善人・悪人が思い浮かぶ。

 
                    (5)
 
 以前、大学生の競技力停滞をもたらすものの一つとして、生活習慣を問題にしたことがある。この点に関して高校までの多くの指導者は細かく指導(というより注意)するのだが、大学ではそのようなことにほとんど触れず、多くは本人任せにしているようである。それが前述の箱根駅伝の話しにもつながる。
 
 そのことが良いか悪いかは一概には言えない。
 なぜなら、
 “大学生にもなって生活習慣をコントロールできない者が、長期にわたり競技生活をコントロールすることができるはずがない”という見方がある一方、
 “そのようなことは本人の問題だけでなく幼児・児童期からの教育(学校での教育・家庭での教育・地域での教育)の在り方に対する問題である”
という二つの見方が考えられるからである。
 もちろん、そのようなことに興味をしめさない大学の指導者にも問題はある。(ただし、気付かない指導者は論外)
 
 一昨年、昨年と国体の栃木県陸上競技代表に内定したJUVY選手の大会前合宿で口を酸っぱくして言ったことがある。それは食生活と休養を中心とした生活リズムについてであった。具体的には下記の通りである。
 
 @ 練習量と食事量の調整
 A 朝食摂取の重要性
 B 食物摂取のタイミング
 C 水分摂取の重要性
 D 遠征時に知っておかなければならない食知識
 E 睡眠時間の確保
 F 体調チェックの具体的方法から実践するセルフコントロール体調維持

 このようなことを高校生や大学生に教えなければならないこと自体情けない、と思いつつ、現実には教えなければならないのが現実なのである。

 フィジカルエリートの養成は時としてスポーツ馬鹿を作る。間違えた指導を受け手育ったフィジカルエリートは、スポーツが健康のために必要なものであるという概念が存在することにさえ気付かない。なぜならば、彼らは競技力向上以外にスポーツに価値を見いだせないのである。我々の周りにも、そのような指導者がいることも事実である。
 さらには、そのような感覚のフィジカルエリートがスポーツ界では指導者として認められることが多く、悪の再生産を繰り返す可能性があることも事実なのである。
 
 逆に言えば、そのへんを押さえていた指導者は間違いなく子どもたちの夢を叶えてきた。例えば自然塾の櫻井剛彦塾長の保健の授業は忘れられないと卒業生が語っているし、筑波大学名誉教授の西藤宏司先生は、生活の細かいところまで大学生に指導していた。


                    (6)

 昨年から、JUVYでは合宿の宿泊地を佐野市作原町のログハウスで行っている。佐野市作原町といえば、相当の深山であるが、これには以下のような理由がある。
 
@ メディアからの隔離
 宿舎にはテレビはない。携帯も入らない。新聞も来ない。つまり、日常の情報は完全にシャットアウトされる。ただし、管理人にお願いすればテレビは見られるし、電話の取り次ぎもしてくれる。
 ◇このような環境で選手はどう過ごすか。
  まず、会話が多くなる。早寝する。朝練習の集合が早い。
 ◆残念ながら、まだ積極的に本を読む段階までは進んでいない。
 
A 自炊による食生活
 多少の副菜を除き、野菜をたっぷり使い、部屋ごとに自炊をする。
 ◇このような食生活で選手はどう育つか。
 自炊経験は将来の自立時には大きな自信となる。調理の喜びや自炊して作った物を食べる喜びは感動に近く、強く心を刺激する。
 ◆残念ながら、食材を作る喜びや食材を選ぶ喜びにまでは至っていない。
 
 このような合宿を限りない喜びと感じ、意気に感じてリーダーシップを発揮してくれる選手こそ、生涯にわたって健康の保持増進ができる人になりそうだ。
 最近の教育では自然の中の生活が大事といって野外体験が奨励されているが、体験したことがそれぞれの身中に根をはやすかどうかは別問題である。一度や二度の体験で根をはやすようなら苦労はしない。
 
 競技力を高めるのは人間の総合力が高まった結果である。そのための一助となるべく、今後もそれぞれの身中に根をはやせるよう工夫をしながらJUVYの合宿を充実させなければ!と考えている。


                    (7)
 
 スポーツを“やる”につけ、“見る”につけ、“サポートする”につけ“興味を持つ”につけ、ある種目を選択する際、やれサッカーだ、やれ野球だと、人それぞれの好みがある。
 スポーツそれぞれの種目に対する価値観は人によって違うのである。
 しかし、健康という価値を否定する人はいないはずである。
 全人類共通の価値観「健康」を、あらためて「本気」で考えていかなければならない。
 
 生活習慣といえば、私は青戸慎司氏のストイックな生活を思い出す。氏はオリンピックを本気で目指す過程で自分に必要な栄養学を身につけてきた。そして、今でも食生活を含めた素晴らしい生活習慣を続けている。
 私のような凡人はストイックな生活を続けることは難しいが、せめて身体に悪いことに気付いたらストップできる意志を持ち続けたいものである。
 
 このような感覚を得られたのは、健康を基盤とした体育学を学び、教えてきた結果であり、あらためて体育学という学問の大きさを思わずにいられない。
 

                    (終)
 
 弥生の由来は、草木のいよいよ生い茂ることからきたと言われます。(いやおい)
 草木だけではありません。今月の伸びしろが、今シーズンを大きく左右します。
 朝30分早起きし、日々明るくなる朝の空に春を感じながら、大きく背伸びし、深呼吸をしてみましょう。
 そして、おいしい朝ご飯をいただければ、それだけで健康のありがたさを実感できるはずです。
 
 健康なる胃袋は最良なる調味料である。(西藤宏司)
 
 
 我家にはまもなく半年になるジャーマン・シェパード【ドイツ名:Valder vom Nabakisow、日本名:凛氣(Rinkee・リンキー)】がいます。
 我家では、この若犬とともに生活習慣をあらためて確立しなおしています。
 Linkeeに合わせ朝早く起きるため、夜早く寝る。そのために前夜の酒量も少なくする。
 適度な運動、バランスの良い食事、十分な休養、これらを実践するには、全て朝を大事にすることから始まるようです。
 西藤先生、山西先生のお言葉を、今Linkeeに再確認させられています。


 

 
   
Vol.1 JUVY 創 設
Vol.2 理想の指導者とは
Vol.3 素晴らしき指導者
Vol.4 回顧・2005年
Vol.5 新春は箱根と共に
Vol.6 凛として颯爽と
Vol.7 眼のつけどころ
Vol.8 視点・感点
Vol.9 思い出に残る一言
Vol.10 新たなる旅立
Vol.11 JUVY誕生
Vol.12 春のスポーツシーズン到来
Vol.13 指導者としての実践力とは
Vol.14 ジュニアとシニア・その1
Vol.15 ジュニアとシニア・その2
Vol.16 わたしなりに言いたいことを…
Vol.17 「眼に見えない力」
Vol.18 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その1」
Vol.19 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その2」
Vol.20 「トーナメント・有限と無限の交差点」
Vol.21 「定石とひらめき」
Vol.22「合同練習会」
Vol.23「国民体育大会」
Vol.24「心・技・体」
Vol.25「再興」
Vol.26「神在り月」
Vol.27「修行」
Vol.28「言霊」
Vol.29「夢」
Vol.30「影響力」
Vol.31「健康」

Circle-JUVY General Manager OKUZAWA Yasuo