Vol.30(2007. 2. 8.)
【如月の八】 「影響力」
 
 以前書いた内容と重なることをあらかじめお詫び申し上げます。

                     (一)

中田正雄さんという人

 「スポーツにかかわるとおもしろい人生が送れそうだ」と、私の感性を刺激した最初の人物は父である。
 しかし、刺激続けてくれた方は佐野の街で駄菓子屋をしていた中田正雄さん、という人に他ならない。何しろ、陸上競技を本格的に始めた城東中学から佐野高校を卒業するまでの最も感受性の鋭い時期の6年間刺激を受け続けたのである。このことを、私は誇れる。
 勿論、東京教育大学進学後も陸上競技部の年数回の部の解散(部としての集団活動を休止し、自由時間がもてる)があると、真っ先に駆けつけたのが中田邸であった。当たり前のような顔をして先輩・同僚・後輩を引き連れて座敷に上がり込み、食事のお世話になった(むろん酒盛りも)ことを思い出すと、今、赤面の至りである。
 
 長州・萩に松下村塾という私塾があった。松陰吉田寅次郎が高杉晋作をはじめとした多くの若者に、『功業を目的とせずに学問を追求し、結果的に志士といわれる人材を育成した』ところである。
 
 あらかじめ申し上げておくが、中田門下生に素晴らしい人材がいたということを申し上げる気は微塵もない。 
 ここでは、人間が人間を引きつける魅力について書いている。その魅力は、肩書きや実績ではない。ましてや経済力などというモノでもない。そのようなことで若者が感化を受けるわけがない。

 中田さんは私に陸上競技だけを教えてくれたわけではない。
 
 高校三年の前橋インターハイの100mに失敗し打ちのめされた思いの私の心を蘇生させ、翌日の200mに再挑戦させてくれた。このことから私は、(陸上競技を媒体として)生きる上での希望というモノの見方を発見した。
 
 「自分は早稲田が好きだ。しかし、君は東京教育大学に進み、日本一の指導者になるべきだ。」と私を諭し、早稲田の文学部と東京教育の体育の間で揺れ動いていた心に断をくだしてくれた。このことから、(陸上競技を媒体として)生きる上で必ず下さなければならない、覚悟の決め方を授かった。
 
 佐野高校指導者時代、跳躍系の指導に迷いが生じ、中田さんを頼ったことがある。
 「頼まれればいつでも行く。しかし、指導者が自ら解決する気がなければ行かない。」と一喝された。このことから、(陸上競技を媒体として)人間として持たなければならない責任に気付かされた。

 中田さんは、問題提起はするが決して怒らない。命令もしない。常に相手の心の内を観察しながら共感的態度で接してくれた。私とは30余の年の差がありながら。
 当然私の感性では、大切なことを見逃したことも多々あったと思う。
 
 中田さんは多趣味の人である。私が知っているだけでも『写真』『水彩画』『横笛』『尺八』など。従って、スポーツで得た体験や知識だけで陸上競技を語るわけでなく、宇宙的な、とてつもなく広い視野で陸上競技をとらえることの出来る人であった。そこには、本で読んで得た知識などではとうてい到達不可能な哲学があった。であるからこそ、強烈な説得力があったのであろう。

                    (二)

 西藤宏司という先生
 
 西藤先生は大学の大先輩である。私が大学時代に生活の拠点にしていた合宿所『市川家』の創設は先生のお力によるものである。生涯無二の親友である品田君や常日頃お世話になっている、筑波大学の宮下憲先生、日本女子体育大学の加藤昭先生、大阪体育大学の伊藤章先生、共同通信社の船原勝英氏、皆『市川家ネットワーク』である。

 私と西藤先生の出会いは大学卒業後である。というより押しかけて教えを請うた。 

 人に歴史有り 
  師は「このままでよいのか」と、常に自らに問いかけながら歴史を刻んでおられる
  『熱愛』 人を熱く愛する人である
  『豊想』 現象を豊かにとらえる人である
  『厳学』 課題を厳しく追及し、解決する人である
  『天運』 天から与えられし運には従う人である
  『自氣』 自分の心を信じられる人である

 人と人とに重なる歴史有り
  昨日の延長で今日を生きることなく
  自分の心身(からだ)以上に背伸びすることなく
  己の内面を宇宙ととらえ
  熱愛、豊想、厳学、天運、自氣が同質化されたとき
  瞬間、師と私の歴史が重なる
  その時、私の体内を心地よい春風が吹き抜ける


                     (三)

 ここで言う影響とは、瞬時に精神の核まで届く力と考え、その点、中田さんや西藤先生に影響を受けたのは、私一人ではないはずである。
 JUVY広報担当理事の大豆生田洋君もその一人であった。
 
 昭和38年12月1日田沼町吉水に誕生し、田沼東中、佐野高校、大阪体育大学で走高跳をしながら、スポーツを通して社会貢献を考え、実践してきた大豆生田君は平成19年1月16日未明、薬石効無く43余年の生涯を終え永眠された。

 佐野高校時代に中田さんに出会い、疑問あるごとに会いに行っていたと聞く。中学時代には県大会に出場したこともない彼が、高校3年の5月、当時としては夢の2mを越え県チャンピオンになった。
 
 そんな彼が、西藤先生の言葉を聞き武者震いをしたのが、高校1年冬の和歌山遠征合宿。
 「君たちは今日世界一の練習をした。」と励まされ、氣の充満を感じたという。

 彼の高校時代の思い出はあまりにも多い。
 JUVYの掲示板に島田嘉紀君が貴重なエピソードを書いてくれた。それを見て、大豆生田君の全てを書き表しているようで、私はとてつもなく大きな感動を受けた。
 島田君の手記を読むと、大豆生田君は高校時代からスポーツを通して人間関係を構築し、社会貢献をしていたことがうかがい知れる。
 競技力や競技歴という鎧で身を包み、傍若無人に社会を生きる者が多い中、何と素晴らしい話しではないか。
  

                    (四)

 大豆生田君はJUVYの設立の立役者である。
 現状のスポーツ振興策では限界を感じていた彼は、理想クラブの設立に私を急がせた。
 「今のやり方ではスポーツを通して社会貢献することは微々たるものです。新しい組織を作り、賛同する者たちで理想に挑戦して行きましょう。」
 やれることだけをやってお茶を濁し、スポーツ振興の本質を目指すことを忘れていた私の心が動いた。
 できることだけやるということは、できないことはやらないでもよい、ということである。
 私は決断した。
 「わかった。豆やろう。すぐにロゴマークのデザインに取りかかってくれ。ホームページの立ち上げも頼む。」
 あっという間であった。彼はロゴマークを作成し、ホームページを立ち上げた。
 彼は、私の考える総合型スポーツクラブの概念の遙か先を行っていた。
 
 彼は、感性のかたまりであった。私の考えには全て的確に反応し、こんなに若いのにすごい奴だ、と何度も私を唸らせた。

 若い者を育てるということは、結果として若者が目立つことになる。
 若い者を育てるということは、若い者をつけあがらせることではない。
 若い者を育てて指揮をとらせると全体が凛とするばかりか爽やかになる。
 若い者には何にもまして華がある。
 
 若さをキャッチフレーズにしてきたJUVYの若きリーダーが大豆生田君であった。
 
 JUVYは、大豆生田君考案のロゴマークを使っている。
 こんな素晴らしいロゴを作成したくれた仲間を誇りに思わずにはいられない。
 
以下、大豆生田君からの『佐野SAC Circle-JUVY ロゴマーク意匠解説』である。

  
 概要 : Circle-JUVYの目指す「学校と地域の連携」「地域クラブ間の共生」による、豊かなスポーツ環境の構築、スポーツライフの演出、をオリジナルティのある、シンプルなマークの中に表現する。

 1. 活動拠点である佐野の「S」及びジュヴィナ8の「J」及び「8」を意図する。 
 2. 無限を表すフランス語のアンフィニ、その記号である「∞」を右上がりに配置し、クラブの永遠の発展を意図する。
 3. 平和、幸福の象徴である、人のスマイルを意図する。
 4. 情熱、活力のカラーイメージである「赤」を基本カラーとする。
佐野SAC Circle-JUVY ロゴマークは以上の意図により意匠される。
              2005年4月1日  意匠制作  大豆生田 洋

 

                   (五)
 
 彼は病名を告知されたとき、
 「私は先生を親と思っています。」
 と言って、全てを話してくれた。
 体調厳しき状況に陥った暮れから年明けにかけても、元気な時と同じ感性で携帯メールを通して心境を報告しながらJUVYに協力できないことをわびてきた。
 
 私は指導者として、彼にどのような影響をどれくらい与えることができたのだろうか。
 むしろ、私が影響を受けたのではないか。
 
 年をとればとるほど、『親にも師匠にも追いついても追い越すことはできない』と思うようになってきた。
 
 私が彼にとって師と言えるかどうかはなはだ疑問であるが、間違いなく彼は私を追い超し、そして、逝った。
 
 死去の知らせがあってから1日後、1月17日未明、就寝中の私に、彼の御魂が最後の挨拶に来てくれた。
 「先生、力尽きました。」と穏やかな顔で話してくれた。
 こんな綺麗な顔があるのかと思うほど素晴らしい笑顔が、私に向かっていた。
 私と大豆生田君との永久の別れであった。
 
【 一番わかりにくいことは人が悲しんでいる、あるいは悲しむであろうということで、これは容易にわからない。・・・・・
 しかし、これがわからないと、道義の基本を、表層的にではなく、根源的に教えることはできない。・・・・・
 そして、人が悲しむようなことをする行為をにくむ、これが正義心のはじまりである。】(岡潔)

 生前、我々は大豆生田洋君から道義と正義を何度も教えていただいた。        
 そして、本当に強い影響を受けた。
 彼の影響力は永遠である。
 
 合掌

 
   
Vol.1 JUVY 創 設
Vol.2 理想の指導者とは
Vol.3 素晴らしき指導者
Vol.4 回顧・2005年
Vol.5 新春は箱根と共に
Vol.6 凛として颯爽と
Vol.7 眼のつけどころ
Vol.8 視点・感点
Vol.9 思い出に残る一言
Vol.10 新たなる旅立
Vol.11 JUVY誕生
Vol.12 春のスポーツシーズン到来
Vol.13 指導者としての実践力とは
Vol.14 ジュニアとシニア・その1
Vol.15 ジュニアとシニア・その2
Vol.16 わたしなりに言いたいことを…
Vol.17 「眼に見えない力」
Vol.18 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その1」
Vol.19 「朱夏の熱き闘い・インターハイ その2」
Vol.20 「トーナメント・有限と無限の交差点」
Vol.21 「定石とひらめき」
Vol.22「合同練習会」
Vol.23「国民体育大会」
Vol.24「心・技・体」
Vol.25「再興」
Vol.26「神在り月」
Vol.27「修行」
Vol.28「言霊」
Vol.29「夢」
Vol.30「影響力」

Circle-JUVY General Manager OKUZAWA Yasuo

 
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